犬の前十字靭帯断裂

前十字靭帯は大腿骨と脛骨に付着し、膝の関節を斜めにまたいでいる靭帯です。そして前十字靭帯損傷は、この靭帯が損傷した状態です。

犬の整形外科疾患で遭遇することの多い、前十字靭帯断裂について解説します。

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犬の前十字靭帯断裂とは

前十字靭帯は、膝関節の中に存在する靭帯の一つで、膝関節の過度な伸展を防止し、脛骨の前方への動揺と過度な内旋を制御しています。前十字靭帯は、骨と骨をつなぐゴムのバンドのような働きがあり、半月板はクッションのような働きをします。前十字靭帯は膝関節を過剰に伸展させたり、強く内旋させたときに断裂します。

人での前十字靭帯断裂は、バスケットボール・サッカー等における減速動作やジャンプ着地や、ラグビー・アメリカンフットボール等において横からのタックルを受けることで発症することが多いと言われています。

一方犬では、このようなスポーツなどの真の外傷による断裂は稀で、そのほとんどは加齢性および変性性変化があらかじめ靭帯に生じていて、力学的ストレスが後押しすることで断裂することが多いと考えられています。そのような背景から、散歩や階段を上るといった日常生活で行うような軽微な運動をしただけで損傷してしまうことがあります。

前十字靭帯が断裂した場合、半数以上の犬で半月板の損傷が併発するとされています。その際に損傷する半月板のほとんどが内側半月で、尾極においてバケツの柄状の損傷が最も多いとされています。半月板損傷の有無は、治療法の選択や予後に関わるので、特に注意して診断を進める必要があります。

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前十字靭帯断裂の症状

犬の前十字靭帯断裂では、部分断裂と完全断裂、急性例と慢性例、そして半月板の損傷の有無によって様々な程度の歩様の異常がみられます。

人での症状として、「膝がグラグラする」「膝が完全に伸びない/曲がらない」等の症状が現れるとされ、前十字靭帯を損傷した後にスポーツ動作を継続した場合、「膝くずれ(膝がずれ落ち転倒すること)」が出現し、競技継続が難しくなるとされています。

犬の代表的な症状として、お座りの姿勢を観察すると、前十字靭帯断裂した足を深く屈曲させることができず、外に流れることが多いです。

前十字靭帯断裂直後では、膝関節周囲に触れた時に痛みや熱感がみられ、慢性例では、膝関節の内側に線維性の肥厚を触れることができます。

前十字靭帯断裂の診断

前十字靭帯断裂の診断で最も簡単なものに、お座り試験があります。これは前述の通り、お座りの姿勢をとると、前十字靭帯断裂の足を深く屈曲させることができず外に流れる徴候がみられます。

前十字靭帯断裂を診断する上で重要な診断法には、脛骨前方引き出し試験と脛骨圧迫試験があります。完全断裂の場合では、これらの検査で脛骨の前方変異を検出することができますが、部分断裂や慢性例では診断に苦慮する場合も多いです。また、膝関節を伸展させたときにクリック音が聴取されるときには、半月板損傷の疑いが高いとされれています。クリック音とは、擬音語のひとつで、日本語では「かちっ」「かちり」に相当します。

さらなる診断には、レントゲン検査などの画像検査が有用です。レントゲン検査では、関節液の貯留を示すファット・パッド・サイン、関節包や靭帯付着部における骨増生、軟骨下骨の硬化像などが認められます。さらに近年では、超音波検査やMRI検査による診断も行われています。

前十字靭帯断裂や半月板損傷を確定診断させるためには、関節鏡検査が最も優れているとされています。しかし現在、関節鏡が設置されている動物病院は、一部の専門病院に限られています。

免疫介在性疾患との鑑別が必要となりますが、この場合には関節液検査が有効となります。

前十字靭帯断裂の治療

人での前十字靭帯損傷は、放置するとスポーツ活動に伴う膝くずれを繰り返すことで、2次的な外傷(半月板損傷/軟骨損傷など)が生じる可能性があり、日常生活を通じて高い確率で将来的に変形性膝関節症へと進行すると考えられています。前十字靭帯損傷を放置することで大きな悪影響を生じるため、スポーツ活動をする/しないに関わらず、手術により靭帯を再建する(作り直す)ことが推奨されています。

犬の前十字靭帯断裂の治療は、保存的治療と外科的治療に大別されます。前十字靭帯断裂に対しては外科的治療が第1選択とされていますが、症状が軽度で体重が軽い(概ね15kg以下)犬に対しては保存的治療から開始する場合もあります。

また、免疫介在性関節炎、糖尿病副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)などの基礎疾患が関与していて、外科的治療を行った場合に合併症の発生リスクが高いと判断される場合においても保存的治療が適応されます。

前十字靭帯断裂の保存療法とは、運動制限を行いながら非ステロイド系抗炎症薬による痛みの管理を行います。その他に、犬骨関節炎症状改善剤(商品名:カルトロフェン・ベット注射液)の投与や、関節保護サプリメントの内服を必要に応じて行います。また、体重管理や機能回復のためのリハビリテーションも、保存的治療の重要な位置を占めています。

前十字靭帯断裂の外科的治療とは、膝関節の機能を維持しながら、関節の前方または内旋への不安定性を制御し、関節の安定性を再建することが目的となっています。現在までに200以上の手術の方法が報告されていますが、画一化された手術方法は開発されていません。我が国で良く行われている手術方法には、Over the Top変法とFlo関節包外固定法があります。また近年では、脛骨の骨切りを行って膝関節を機能的に安定化させる新しい概念の手術が、国内でも行われるようになってきています。脛骨骨切りによる膝関節安定化術で一般的な術式には、脛骨高平部水平化骨切り術(TPLO)と脛骨前進化術(TTA)があります。

半月板の損傷がみられた場合には、半月板部分切除術を行うのが一般的です。現在は、変形性関節症を進行させるという理由から半月板全切除術は推奨されていません。半月板損傷がみられない場合では、半月板解放術が行われていますが、その効果についてはいまだ議論中とされています。

予後

前十字靭帯断裂の治療後に、十分な歩行能にまで回復するには3~6ヶ月が必要だと考えられています。保存的治療を選択した場合、体重15kg以上の犬や半月板損傷を併発している犬では、関節痛や運動機能の低下が慢性化することがあります。

一般的に外科的治療を行った方が、より早期に回復する傾向があります。外科的治療の成功率は、いずれの術式を選択しても約90%であるとされています。ただし、いずれの治療法を選択しても、変形性関節症が進行すると考えられているので、注意が必要です。

そのため、前十字靭帯断裂を起こした場合には、生涯にわたる関節のケアが必要となります。

まとめ

犬の前十字靭帯断裂について解説しました。前十字靭帯断裂と診断された場合には、保存的治療か外科的治療かを選択する必要がありますので、それぞれのメリット・デメリットを理解した上で選択するようにしましょう。

また近年では、整形外科を専門とした動物病院もありますので、セカンドオピニオンを受けるのも一つの方法だと思われます。