関節リウマチとは、関節が炎症を起こし、軟骨や骨が破壊されて関節の機能が損なわれ、放っておくと関節が変形してしまう病気です。人では、腫れや激しい痛みを伴い、関節を動かさなくても痛みが生じるのが、他の関節の病気と異なる点であるとされています。
犬の免疫介在性多発性関節炎の一つとして分類されている、関節リウマチについて解説します。
犬の関節リウマチとは
関節リウマチは、免疫介在性多発性関節炎の一つとして分類されていますが、正確な病態はいまだ解明されていません。症状が極めて類似しているため、人の疾患名がそのまま使用されていますが、犬や猫の関節炎の分類にはいまだ議論の余地があるとされています。
多数ある免疫介在性多発性関節炎のうち、びらん性関節炎は主に犬に起こる関節リウマチと、主に猫で起こる骨膜増殖性多発性関節炎の2種類のみであるとされています。この”びらん性”とは、レントゲン検査で骨びらん(軟骨下骨の虫食い様の不連続像)が認められることを指します。
関節リウマチは、中高齢の小型犬に多く発症し、性差はないとされています。ミニチュアダックスフンドが全体の約50%を占め、チワワ、トイプードル、シェットランドシープドックが後発犬種とされています。
免疫の異常により、主に手足の関節が腫れたり、痛んだりする病気
原因
関節リウマチは自己免疫性の全身疾患であり、その病態に異常な免疫反応が関与すること考えられていますが、詳細は分かっていません。
現在、広く受け入れられている仮説は、環境因子と遺伝因子の双方が関与するというものです。外部から何らかの抗原(環境因子)が体内に入ると、免疫反応が開始されます。正常な犬では、この免疫反応は適切な範囲で終息しますが、ある特定の素因(遺伝因子)を持つ犬では異常な免疫反応が持続し、その結果自己抗体が産生され関節リウマチの病態が形成されると考えられています。
関節リウマチの免疫病理発生機構には、免疫複合体が関与するⅢ型とT細胞が関与するⅣ型の二つの免疫反応が存在します。Ⅲ型においては、免疫複合体が滑膜内へ沈着し、補体結合と炎症細胞(主に好中球)の流入を引き起こします。Ⅳ型免疫反応は、滑膜内での単核細胞(リンパ球、形質細胞、マクロファージ)の著名な血管周囲性浸潤によって示されます。
炎症細胞および滑膜細胞からタンパク分解酵素、サイトカインなどが放出され、関節軟骨の変性、滑膜の増生および絨毛化、フィブリン沈着を起こします。軟骨の欠損部は滑膜から発生するパンヌス(関節リウマチ患者において、関節の滑膜細胞が増殖して形成された組織)によって置換され、さらにパンヌス内で破骨細胞による骨吸収が進行し、軟骨下骨にまでパンヌスが浸潤して特徴的な骨びらんに至ります。
これらの免疫反応を引き起こす最初の特異抗原については、ほとんど分かっていません。しかし、関節リウマチには微生物抗原が関与しているという根強い仮説があり、犬の関節リウマチにおいてはジステンパーウイルス抗原および抗体が分離されたとする報告があります。また、変性した自己IgGに対するIgM自己抗体(これをリウマチ因子と呼びます)、関節コラーゲンに対する自己抗体、HSP(熱ショック蛋白)に対する自己抗体などが検出されます。
関節リウマチの症状
典型的な臨床症状は、緩徐に進行する多発性あるいは移動性の四肢の異常な歩様であり、どこか一つの肢が悪いと特定することができないことが多いです。
リウマチを患った関節は体から遠い関節(指関節、手根関節、足根関節)から体の近くに進行するとされますが、膝や股関節の症状に最初に気づくこともあります。起き抜けや休息後などに異常な歩様が目立つ、いわゆる「朝のこわばり」と呼ばれる症状が典型です。重症になると、関節構造の破壊により、「ベタ足」「ウサギ様姿勢」などと呼ばれる手根関節または足根関節の亜脱臼または変形がみられます。
関節症状以外に発熱、食欲不振、外界の刺激に応じられなくなり眠ったような状態(嗜眠)などの全身症状も多く発症していますが、いずれも関節リウマチだけにみられる症状では無いため、関節リウマチと気づかれないことが多いです。
関節リウマチに関連した心内膜炎の犬の報告や、関節リウマチと肺炎の併発例も報告されています。
関節構造の破壊により、「ベタ足」「ウサギ様姿勢」などと呼ばれる手根関節または足根関節の亜脱臼または変形がみられる
関節リウマチの診断
人医学では様々な関節リウマチの診断基準が提唱されていますが、それを犬の関節リウマチに適応するのは非常に困難だとされています。実際には臨床的および臨床病理学的方法を用いて総合的に診断を行う必要があります。
まず問診で犬種、年齢、性別そして症状の確認を行い、視診と触診で異常のある関節を特定します。体表リンパ節の腫れている事も多く、さらに体温の上昇もみられることが多いです。
関節のレントゲン検査は、関節リウマチに特徴的な骨びらんの検出に必須です。病変の進行に伴って、以下のような所見がみられます。
血液検査では、特異的な変化はほとんどありませんが、CRPは著明に上昇(5~6mg/dL程度)するとされ、診断に有用であると考えられています。
関節液検査は、炎症像(主に好中球)の検出が有用であるとされており、さらに細菌感染が無く無菌性炎症であることを、細菌培養が陰性であることで確認を行います。
関節リウマチの確定診断には、関節滑膜の生検を行い、特異的な肉芽組織であるパンヌス(関節リウマチ患者において、関節の滑膜細胞が増殖して形成された組織)の存在を特定することがきわめて有用であるとされていますが、実際に関節の中の生検を行うことは、通常の診療では困難であることから行われることは少ないです。
血液検査では、リウマチ因子および抗核抗体の検査が可能です。典型的な関節リウマチではリウマチ因子が陽性、抗核抗体が陰性となるとされています。しかし、これらの検査での、関節リウマチの確定診断には不十分であると考えられています。その理由として、リウマチ因子の陽性率は20~70%程度であると報告されているためです。
実際にはレントゲン検査による特異的な骨びらん所見、もしくは関節の亜脱臼による「ベタ足」姿勢が最も確実な診断ですが、これらの所見は病態の末期所見であり、すでに回復不可能な段階まで進行していることを示しています。
理想的には、骨びらんや軟骨変性が起こる前に早期診断を行い、なるべく早い時点で病状の進行を抑制するのが理想的な治療ですが、まだ獣医の領域では関節リウマチの早期診断は未だに困難であります。
レントゲン検査による特異的な骨びらん所見、もしくは関節の亜脱臼による「ベタ足」姿勢
関節リウマチの治療
人の関節リウマチでは、非ステロイド系消炎鎮痛剤(NSAIDs)、グルココルチコイド(ステロイド)、抗リウマチ薬などを組み合わせた治療を組み合わせた治療を行っており、さらにここ数年はサイトカインを直接抑制する生物学的製剤(抗TNF抗体など)が導入され治療も多岐に渡っています。
過去の人の関節リウマチでは、発症から10年後には、患者の8割が体に何らかの障害を残し、死亡年齢も一般人口と比べて10歳前後若いとされてきました。しかし、これらの薬の登場により、体の機能を改善したり寿命を永らえたりする効果が、これまでと比べて格段に向上しました。
しかし犬の関節リウマチでは、発見時には骨びらんが進行し、関節病変はすでに元に戻らない状態であることが多いです。そのため、治療の目的は、破壊された関節構造の回復では無く、現在起こっている炎症を抑制して痛みを緩和して生活の質(QOL)を改善し、免疫異常を是正し今後の関節破壊の進行を予防することとなります。
犬の関節リウマチでは、即効性の抗炎症作用による対症的効果が期待でき、さらに持続投与で免疫抑制による本質的な病態の改善が期待できるため、グルココルチコイド(ステロイド)が良く用いられます。病態をチェックして効果判定を行い、用量を徐々に減量していきます。
グルココルチコイド(ステロイド)に追加もしくは変更できる薬としてアザチオプリンやシクロスポリンが考えられます。人で使われている抗リウマチ薬は、犬では明らかな有効性は証明されておらず、今後の課題となっています。
なお人の関節リウマチで行われている、滑膜切除術、関節固定術、人工関節置換術などの外科的治療は、犬では今のところ用いられてはいません。
破壊された関節構造の回復では無く、現在起こっている炎症を抑制して痛みを緩和して生活の質(QOL)を改善する
予後
関節リウマチの予後は一般に悪いと考えられています。グルココルチコイド(ステロイド)による症状の改善は可能ですが、完全な長期のコントロールは不可能であり、数年かけて徐々に進行します、そして最終的には歩行や起立が困難となり、生活の質(QOL)が低下し、衰弱し死に至るとされています。
まとめ
犬の関節リウマチについて解説しました。骨びらんや軟骨変性が起こる前に早期診断を行い、なるべく早い時点で病状の進行を抑制するのが理想的な治療ですが、まだ獣医の領域では関節リウマチの早期診断は未だに困難な状況です。
そのため治療の目的は、破壊された関節構造の回復では無く、現在起こっている炎症を抑制して痛みを緩和して生活の質(QOL)を改善し、免疫異常を是正し今後の関節破壊の進行を予防することとなります。