犬のエストロゲン過剰症(高エストロゲン症)を獣医師がわかりやすく解説

愛犬の被毛が目に見えて薄くなってきたり、雄犬なのに乳房が腫れてきたり……。そんな異変を目の当たりにしたら、飼い主さんは驚きと不安でいっぱいになることでしょう。

特に去勢や避妊手術をしていない犬潜在精巣(陰睾)を持つ雄犬では、このような症状が現れる場合、ホルモン異常による「エストロゲン過剰症(高エストロゲン症)」の可能性を考える必要があります。

この記事では、エストロゲン過剰症の原因や代表的な症状、診断方法、そして治療や予後について、現役獣医師がわかりやすく解説します。
愛犬に脱毛やホルモン異常の兆候がみられる方はもちろん、いざという時に備えて知識を深めておきたい方も、ぜひ最後までご覧ください。

この記事はこんな方におすすめです

  • 動物病院で「エストロゲン過剰症」と診断された、または疑われた犬の飼い主さま
  • 脱毛や乳房の腫れなど、ホルモン異常が疑われる症状がみられる犬を飼っている方
  • 犬のホルモン疾患について学びたい獣医学生や動物看護師の方
目次

エストロゲン過剰症とは

エストロゲン(別名:卵胞ホルモン、女性ホルモン)は、主に卵巣の顆粒膜細胞で産生されるホルモンです。
ただし、卵巣以外にも副腎皮質精巣の間質細胞(特にセルトリ細胞)でも少量が作られることが知られています。

エストロゲンは本来、以下のような正常な生理作用を担う重要なホルモンです。

  • 雌の発情周期の調整
  • 乳腺や生殖器の発育促進
  • 骨や皮膚の健康維持
  • 血液や代謝への作用(骨密度維持・血管保護作用など)

しかし、これらの働きが適切な範囲を超えて体内で過剰になると問題が生じます
このようにエストロゲンが過剰に産生・存在する状態をエストロゲン過剰症(高エストロゲン症)と呼びます。

エストロゲン過剰症は、見た目の変化(脱毛、乳腺の腫脹など)だけでなく、体の中でも深刻な影響を及ぼします。
特に注意が必要なのが、骨髄抑制による汎血球減少症(赤血球・白血球・血小板すべての減少)です。これは再生不良性貧血を引き起こし、命に関わる重篤な状態に至ることもあります。

原因

エストロゲン過剰症は、体内でエストロゲンが過剰に産生される場合と、外からエストロゲンを投与する場合の大きく2つのパターンで発生します。

1. エストロゲンの投与(外因性)による場合

まず比較的わかりやすいのが、治療目的などでエストロゲン製剤を投与しているケースです。
尿失禁の治療などでエストロゲンが処方されることがありますが、投与量が過剰だったり、長期間投与が続くことで、体内のエストロゲンが高くなり過剰症に至ることがあります。

2. 腫瘍や病変(内因性)による場合

エストロゲン産生を担う組織に異常が生じることで、体内で過剰なエストロゲンが産生されるケースも多く見られます。
具体的には以下のような疾患が原因となります。

  • 卵巣の異常
    • 卵巣嚢腫(卵巣内に液体が溜まる良性の病変)
    • エストロゲン産生性の卵巣腫瘍(顆粒膜細胞腫など)
  • 精巣の異常
    • 精巣腫瘍(セルトリ細胞腫が典型)
    • 特に潜在精巣(腹腔内または皮下に留まった精巣)の場合、腫瘍化リスクが高まる

精巣腫瘍によるエストロゲン過剰は、高齢犬や、ヨークシャーテリア、ポメラニアン、トイプードル、シェットランドシープドッグなどの潜在精巣の好発犬種で注意が必要です。

エストロゲン過剰症の症状

エストロゲン過剰症では、ホルモンの影響が皮膚・生殖器・骨髄など全身に広がるため、さまざまな症状が現れます。
中でも以下のような特徴的な変化が見られることが多いです。

皮膚症状

もっともよく見られるのは、被毛の発育阻害による脱毛です。
この脱毛は、

  • 左右対称に起こる全身性脱毛
  • 脂漏(べたつき)や色素沈着を伴うこともある

といった特徴を持ちます。

生殖器やホルモン異常による症状

エストロゲンは本来、発情や生殖に関与するホルモンのため、過剰になると以下のような性ホルモン異常症状がみられます。

  • 雌犬:持続的な発情徴候(外陰部の腫脹や出血など)
  • 雄犬:雌性化症候群
    • 乳腺の腫脹(乳房が膨らむ)
    • 外陰部のような外見変化

骨髄抑制による血液異常(重症例)

エストロゲン過剰症では、長期間ホルモンが高値で存在することで骨髄抑制が起こる場合があります。
これにより約10〜20%の犬で以下のような汎血球減少症が発生します。

  • 赤血球減少(貧血)
  • 白血球減少(免疫力低下)
  • 血小板減少(出血しやすくなる)

骨髄抑制によるこれらの症状は、命に関わる深刻な状態となるため、注意が必要です。

初期や軽症例では無症状も

なお、初期や軽度のエストロゲン過剰症では、これらの症状がはっきり現れない場合もあり、皮膚や生殖器の異変をきっかけに発見されることが多いのも特徴です。

エストロゲン過剰症の診断

エストロゲン過剰症は、典型的な臨床症状や病歴から疑われることが多い疾患です。
診断の際には、以下のポイントを押さえて総合的に判断します。

症状と病歴の確認

  • 左右対称性の全身性脱毛脂漏症や色素沈着などの皮膚症状
  • 雌犬では持続的な発情徴候、雄犬では雌性化症候群(乳腺の腫脹など)
  • 去勢・避妊の有無エストロゲン製剤の使用歴も重要な確認ポイントです

画像診断・触診

  • 精巣や卵巣の腫瘍が疑われる場合は、触診や超音波検査などの画像診断で腫大を確認します

血液検査

  • 汎血球減少症を起こしている場合、血球計算により赤血球、白血球、血小板の減少を確認します

ホルモン測定

  • 血清エストラジオール(エストロゲン)の測定によりホルモン濃度の異常な上昇を確認します

エストロゲン過剰症の治療

治療

治療の基本は原因の除去と症状のコントロールです。

  • エストロゲン製剤を使用している場合は、まずその投与を中止します
  • 卵巣や精巣の腫瘍が原因の場合は、避妊手術や去勢手術を行い、異常組織を取り除きます

重度の骨髄抑制(汎血球減少症)への対応

  • 重度の汎血球減少症が認められる場合は、輸血による支持療法が必要になります
  • 白血球減少症に伴う感染リスクには、抗菌薬の全身投与を行います

予後

  • 原因が適切に除去された場合(避妊・去勢など)、予後は比較的良好です。ただし、脱毛や皮膚症状の改善には数ヶ月を要することもあります
  • 一方で、転移を伴う悪性腫瘍重度の汎血球減少症を呈しているケースでは、生命に関わる重篤な経過をたどることも少なくありません

予防

  • 特に繁殖予定がない犬では、早期の去勢・避妊手術を行うことで予防可能です
  • 潜在精巣の犬は腫瘍化リスクが高いため、計画的な去勢手術が強く推奨されます

まとめ

犬のエストロゲン過剰症について、原因や症状、診断、治療、そして予後までを解説しました。

この病気は、去勢・避妊手術を行っていない犬で特に注意が必要です。
全身の毛が薄くなる、雌であれば発情が続く、雄であれば乳房が腫れるなどの異常がみられた場合、エストロゲン過剰症の可能性も考えられます。

また、潜在精巣を持つ犬では腫瘍化のリスクが高いため、計画的な去勢手術が非常に重要です

この病気は原因を取り除くことで予後が良好なケースも多いですが、重度の汎血球減少症がある場合には、繰り返しの輸血など長期的な管理が必要になります。
また、転移を伴う悪性腫瘍が原因であれば、生命に関わる深刻な経過をたどる可能性もあります。

愛犬の異変に気づいた際には、早めに動物病院を受診し、適切な診断と治療を受けることが大切です。
繁殖を予定していない場合は、予防も含めた早期の去勢・避妊手術について、獣医師とよく相談しておくと良いでしょう。

当サイト「わんらぶ大学」では、獣医師監修のもと、犬と猫の健康や暮らしに役立つ情報をわかりやすくお届けしています。

※医療に関する最終的な判断は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。

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