この記事では、犬の進行性網膜萎縮(しんこうせいもうまくいしゅく)について原因、症状、診断そして治療を、現役獣医師が解説しています。
最後まで読むだけで、進行性網膜萎縮について誰にでもすぐに理解できるように作成しているので、是非一度目を通していただけると嬉しいです。
犬の進行性網膜萎縮(PRA)とは
進行性網膜萎(PRA)とは、遺伝性、進行性、両眼性の網膜変性症です。これは、狭義の進行性網膜萎縮(PRA)と網膜色素上皮变性症 (RPED)に分類されます。
両者の違いは、以下の通りです。
- 狭義の進行性網膜萎縮(PRA)
視細胞が変性する - 網膜色素上皮变性症(RPED)
まず網膜色素上皮が変性し、これにともない視細胞が変性する
PRAに比べ稀な病気
視覚は、物体の位置関係のような外界の空間的な情報などが得られるため、この視覚の喪失は、日常生活の質を大きく下げてしまいます。
本項では、狭義の進行性網膜萎縮について解説します。
原因
遺伝性の疾患であり、大半の好発犬種では常染色体劣勢遺伝とされています。これに含まれる犬種として、プードル、コッカースパニエル、アイリッシュセター、コリーなどが知られています。
発生頻度
★★★☆☆ 時々みられる病気
発生頻度を5段階で評価。5:日常的にみられる病気 4:よくみられる病気 3:時々みられる病気 2:めったにみない病気 1:ほとんどみない病気
進行性網膜萎縮の症状
進行性網膜萎縮の症状は、初期症状として夜盲症がみられ、その後病気の進行に伴い最終的には失明に至るのが特徴的です。
視細胞には、杆体細胞と錐体細胞が存在しますが、多くの犬種の進行性網膜萎縮では、最初に障害される視細胞は杆体細胞です。そのため、これらの犬種では進行性網膜萎縮の初期症状として夜盲症がみられます。その後病気の進行に伴い、錐体細胞も障害され、最終的には失明に至ります。
進行性網膜萎縮は、光受容体形成異常と遅発性網膜変性に分類されます。
光受容体形成異常は、網膜が正常に分化する以前から障害があり、成長とともにさらに変性が進み、ほとんどは出生後数カ月という若い年齢で発症がみられます。
一方、遅発性網膜変性は、網膜が正常に分化した後に網膜の変性がみられるもので、光受容体形成異常と比較すると発症時期(典型的には2~5歳)は遅くなります。
進行性網膜萎縮は進行すると、白内障を発症します。この白内障は、過熟期まで進行するとされています。これは、視細胞外節の変性に由来する過酸化脂質が原因とされ、水晶体後嚢から症状が進行します。実際には、すでに進行性網膜萎縮により視覚は喪失しているので、このことは問題にならないのですが、水晶体起因性ぶどう膜炎や水晶体脱臼などの白内障の併発疾患が、眼に痛みや不快感を与えるため問題となります。水晶体が前房内に変位した場合、水晶体が角膜に接すると短期間で角膜穿孔に至ることもあるので注意が必要です。
進行性網膜萎縮の診断
進行性網膜萎縮の診断は、眼科検査(特に眼底検査)、網膜電図(ERG)検査および遺伝子検査によって行われます。
眼科検査
進行性網膜萎縮の眼で、眼底検査により最も早期にみられる異常は、タペタム領域周辺部の反射異常であるとされています。タペタムは、網膜の後ろに存在し、網膜の視神経を刺激しながら入ってきた光を反射し網膜に返すことで、暗いところでも鮮明に見えるようする働きがあります。この異常は、タペタム領域周辺部網膜の厚さの変化が、進行性網膜萎縮により起こった結果であり、特に周辺部網膜の変化が早期にみられるのは、最初に障害される視細胞である杆体細胞が網膜周辺部に多く分布し、錐体細胞が網膜の中心部に多く存在するからだと考えられています。しかし、この早期の異常による診断は、犬の眼底像は犬種差や個体差が大きく、正常像に差があるため、困難であるとされています。
病気の進行に伴い、タペタム領域の反射異常が広範囲となり、網膜血管の狭小化がみられ、末期になると、ノンタペタム領域の脱色素や、視神経乳頭が青白く観察されるようになります。これらの変化は退行性の二次的な変化であると考えられ、これらの変化が観察された時点ですでに網膜視細胞の変性は重度であり、視覚を喪失していることが多いと考えられます。
網膜電図(ERG)
網膜電図検査は、心電図のように電位変化を記録して、その波形から網膜の働きが正常かどうかを調べる検査です。網膜電図検査は、網膜視細胞の機能を客観的に評価できるだけでなく、進行性網膜萎縮において眼底検査で異常が検出されるよりも先に異常を検出することが可能です。
遺伝子検査
変異遺伝子の存在だけで確定することは難しいのですが、その疾患を疑う臨床症状がある場合には、その病気の可能性が非常に高いと判断できます。
進行性網膜萎縮の治療
進行性網膜萎縮では、有効な治療法が存在ないです。
ただし、白内障が併発した場合には、その治療を行う必要があります。
進行性網膜萎縮は遺伝性の疾患であり、治療法がなく失明に至ってしまうこの病気の犬を増やすことは推奨されないので、繁殖を制限しなければなりません。
予後
視覚を喪失した犬でも、慣れた環境であれば、以前と変わらず生活できることが多いです。ただし、視覚を喪失した場合、階段などの段差を登ることはできても、降りることができなかったり、音に対して過敏になるなどの変化が現れます。
また、突然の接触に対して過敏になっており、急に触ると攻撃してくることもあります。これに対しては、犬に触れる際に必ず声をかけ、安心させてから触るようにすると良いでしょう。
まとめ
犬の進行性網膜萎縮(PRA)について解説しました。この病気の好発犬種では、動物病院で定期的に検診を受けると良いでしょう。
もし、この病気を発症した場合には、治療法が無く失明に至る病気ですので、繁殖に用いることを制限する必要があります。