唾液には粘膜を保護したり、食物の消化を助けたり、口腔内の抗菌、自浄に役立つ作用があるので、健康を維持し快適に生活するために必要なものです。そしてその唾液は唾液腺から分泌されます。
唾液腺で分泌された唾液が正常に口腔内に分泌されず、周囲に漏れ出てしまう、犬の唾液粘液嚢胞(唾液腺嚢胞)について解説します。
唾液粘液嚢胞(唾液腺嚢胞)とは
唾液腺は、唾液を分泌する腺であり、導管は口腔に開口しています。導管とは、唾液腺で作られた唾液を口腔内に運ぶ為の管です。そして犬には、耳下腺(耳の周囲にある)顎下腺(下顎の骨の下にある)、舌下腺(舌の下にある)、及び頬骨腺があります。
唾液粘液嚢胞(唾液腺嚢胞)は、唾液腺やその導管が傷害を受け、唾液が周囲組織へ漏れ出したものです。唾液が漏れた周囲は、肉芽組織と呼ばれる傷を治そうとする反応がみられ、結合組織の被膜のみで覆われます。なお病名として「嚢胞」という言葉が通常用いられていますが、正確にはこの内腔には上皮が無いことから、嚢胞という言葉の使用は適切ではないことが指摘されています。
唾液粘液嚢胞は発症部位によって分類され、「頸部粘液嚢胞」は頸部腹側のあるいは下顎間、「舌下部粘液嚢胞(別名:ガマ腫)」は口腔内の舌下組織、「咽頭部粘液嚢胞」は咽頭壁の粘膜下組織、「頬部粘液嚢胞」は眼窩周囲に内部に波動性(液体が貯まっている感じ)の膨らみがみられます。
唾液腺やその導管が傷害を受け、唾液が周囲組織へ漏れ出したもの
原因
唾液粘液嚢胞は、唾液腺やその導管の損傷と考えられていますが、何故起こるかについては不明な点が多いとされています。それは、実験的に犬の唾液腺の導管を縛ったり損傷させたりしても、必ずしも粘液嚢胞とならなかったと報告されているからです。そこで、犬に唾液腺や導管の損傷以外の何らかの要因があるのではないかと考えられています。なお特定できる原因としては、打撲などの外傷や異物、唾石(唾液腺または導管内にできる石)などがあります。
唾液粘液嚢胞は、犬に多く猫での発生は少ない疾患であり、犬では猫の3倍の発生率があるといわれており、ほとんどの犬では2~4歳での発生がみられるとされています。
唾液粘液嚢胞の症状
ほとんどの場合、痛みによる症状はみられませんが、稀に初期に急性炎症による疼痛がみられることがあるとされています。
病変部が腫れることによる症状がみられますが、症状は病変の位置によります。
「頸部粘液嚢胞」では頸部の腫れ、「舌下部粘液嚢胞」では舌下の腫れによる異常な舌の動きや口腔内の外傷性の出血、食欲不振、嚥下困難、「咽頭部粘液嚢胞」では咽頭周囲の腫れによる呼吸困難と嚥下困難、「頬部粘液嚢胞」では眼窩部の腫れによる眼球の突出や外斜視(左右の目がそれぞれ異なる方向を向く現象)がみられます。
似たような症状を示す病気として、膿瘍、唾液腺炎、腫瘍、外傷、異物などがあります。
唾液腺周囲が腫れることによる呼吸困難や嚥下困難などの症状がみられるが、通常痛みを伴わない
唾液粘液嚢胞の診断
診断は、唾液粘液嚢胞が疑われる腫れている部分の、触診と穿刺吸引を行います。病変部の触診では、液体が貯まっている感じ(波動感)があり、中の液体を細い針で吸引すると透明〜灰褐色あるいは血液が混ざった粘稠度の高い粘液が採取されます。
咽頭部粘液嚢胞や頬部粘液嚢胞では、CT撮影による病変部位の確認を行う場合もあります。
また、実際にどこで唾液が漏れているのかが確認できれば手術時に非常に役立つ情報となります。そのために唾液腺内に造影剤を入れて唾液が漏れている場所を確認する「唾液腺造影」という方法があるのですが、これは行っても分からないことが多く、実用的ではないとされています。
病変部の触診と穿刺吸引
唾液粘液嚢胞の治療
外科手術による唾液腺の摘出なしに、抗菌薬や止血剤の投与はほとんど意味がないとされています。また唾液粘液嚢胞では、最初に診断を兼ねて穿刺吸引を行いますが、これを繰り返しても治療とならないため推奨されていません。
ただし、呼吸困難等の緊急時には行うべき処置であるとされています。
口腔内にみられる唾液粘液嚢胞では、腫れた部分を切開して内部を露出して周囲の口腔粘膜に縫合する手術(造袋術)が存在しますが、再発率が高いとされています。
そのため根治的な治療として、原因となっている唾液腺を外科手術に摘出することが推奨されています。
外科手術による唾液腺の摘出
予後
適切な唾液粘液嚢胞の外科手術による摘出が行われれば、予後は良好とされています。
また治療せずに放置した場合、唾液粘液嚢胞は進行することがあります。
まとめ
犬の唾液粘液嚢胞(唾液腺嚢胞)について解説しました。この病気は、抗菌薬や止血剤などの投薬による内科治療や嚢胞内の唾液の吸引を繰り返しても、治療とならないことが多いとされています。
麻酔が可能な状況であれば、外科手術による摘出が推奨されていますので獣医さんと良く相談されるとよいでしょう。