犬の免疫介在性溶血性貧血(IMHA)を獣医師がわかりやすく解説

この記事では、犬の免疫介在性溶血性貧血(immune-mediated hemolytic anemia:IMHA)について、原因・症状・診断・治療までを獣医師がわかりやすく解説しています。
この記事を読むだけで、この疾患についてすぐに理解できるように構成しました。ぜひ最後までお読みいただけたら嬉しいです。

対象読者

  • 動物病院で「免疫介在性溶血性貧血(IMHA)」と診断された、あるいは疑われている犬の飼い主さん
  • 元気や食欲がなく、貧血のような症状がみられる犬を飼っている方
  • 免疫介在性溶血性貧血(IMHA)について学びたい獣医学生や動物看護師の方
目次

免疫介在性溶血性貧血とは

免疫は本来、細菌やウイルスなどの異物を排除する仕組みですが、時に誤って自分自身の細胞を攻撃してしまうことがあります。
このような免疫異常による疾患を自己免疫疾患と呼びます。
免疫介在性溶血性貧血(immune-mediated hemolytic anemia:IMHA)は、体が赤血球を異物と誤認して攻撃・破壊することで貧血を引き起こす代表的な自己免疫疾患のひとつです。

この病気はどの犬種でも発症する可能性がありますが、特にコッカースパニエル、シーズー、プードルなどで多く、また雌犬では雄犬の約3倍発生しやすいとされています。中高齢の犬に多い傾向がありますが、年齢や性別を問わず発症する可能性があります。

原因

免疫介在性溶血性貧血の原因は以下の2つに分類されます。

原発性(特発性)

原因が明らかでない場合。犬の免疫介在性溶血性貧血の多く(約60〜75%)はこのタイプと考えられています。

二次性

他の疾患や要因が関与する場合。以下のようなものが引き金になることがあります。

  • 感染症
  • 寄生虫疾患
  • 腫瘍性疾患
  • 薬剤(ワクチン含む)
  • 不適合輸血

このような背景疾患がある場合は、免疫介在性溶血性貧血の治療と並行して原因疾患の対処も必要です。

免疫介在性溶血性貧血の症状

免疫介在性溶血性貧血 では、赤血球が免疫システムによって異物と誤認され、攻撃・破壊されることで様々な症状が現れます。
この赤血球の減少と破壊による酸素供給不足(貧血)や、壊れた赤血球成分の代謝異常が、体に大きな負担をかけるのです。

主な症状

  • 元気消失・食欲低下
     エネルギー不足や全身の酸素供給不足によって活力が低下します。
  • 呼吸が荒くなる(呼吸促拍)
     体が酸素不足を補おうとして呼吸数が増加します。
  • 歯茎や舌が白っぽくなる
     重度の貧血では末梢の血液量が低下し、可視粘膜が蒼白になります。
  • 皮膚や白目が黄色くなる(黄疸)
     赤血球が大量に破壊され、ビリルビン(ヘモグロビン代謝産物)が血中に増加することで黄疸が生じます。
  • 尿の色が濃くなる(オレンジ色〜茶色)
     溶血により血中に放出されたヘモグロビンやその代謝産物が尿中に排泄されるため、尿が濃色化します。

この病気の進行速度は様々で、急激に症状が悪化する場合もあれば、数日から数週間かけて徐々に進行するケースもあります。

赤血球破壊のメカニズム 〜血管外溶血と血管内溶血〜

免疫介在性溶血性貧血では、赤血球が免疫系によって異常な標的となり、Ⅱ型アレルギー反応(抗体依存性細胞障害型)を介して破壊されます。
このタイプのアレルギーでは、赤血球表面に付着した自己抗体(主にIgGやIgM)が補体(complement)を活性化し、赤血球を直接または間接的に破壊します。

破壊の経路は2種類あります。

血管外溶血(主に脾臓・肝臓での破壊)

自己抗体が付着した赤血球は、マクロファージによって認識され、脾臓や肝臓で貪食・破壊されます。
このタイプの溶血では、貧血が徐々に進行する傾向があります。

血管内溶血(血管内での直接破壊)

補体の強い活性化により、赤血球が血管内で直接破壊され、ヘモグロビンが血漿中に漏れ出します。
この場合、尿中にヘモグロビンが排泄されるため、尿の色が濃くなる(ヘモグロビン尿)という特徴的な症状が見られます。
血管内溶血は急激に進行し、より重篤な症状を引き起こす傾向があります。

このように免疫介在性溶血性貧血では、免疫の誤作動によって抗体と補体が協力して赤血球を破壊する免疫学的メカニズムが、命に関わる深刻な貧血や全身症状の原因となるのです。

免疫介在性溶血性貧血の診断

免疫介在性溶血性貧血の診断は、単に貧血があるだけでは不十分です。
赤血球が自己免疫によって破壊されている証拠を示すことが診断の鍵になります。

血液検査による基本所見

免疫介在性溶血性貧血では、一般的に再生性貧血がみられます。これは、赤血球の破壊が急速に進むため、骨髄が新しい赤血球(網赤血球)を急いで産生している状態を示します。

また、以下のような特徴的な所見も重要です。

  • 球状赤血球の出現
    → 赤血球膜の一部がマクロファージに食べられ、丸みを帯びた形状になる。IMHAの典型的な所見。
  • 自己凝集(赤血球同士が凝集する現象)
    → スライド上で赤血球がぶどうの房状にくっついて見える。IMHAでは陽性になることが多い。
  • クームス試験(直接抗グロブリン試験)
    → 赤血球表面に抗体や補体が結合していることを証明する検査。IMHAの確定診断の一助となります。

鑑別診断(似た症状を示す他の病気との区別)

免疫介在性溶血性貧血と同様に赤血球破壊(溶血)による貧血を引き起こす疾患は他にも存在します。
これらとしっかり鑑別することが非常に重要です。

玉ねぎ中毒(ハインツ小体性貧血)

  • 玉ねぎやニンニクなどの摂取によって、赤血球内のヘモグロビンが変性し、ハインツ小体という小さな凝集物が形成される。
  • この赤血球は脾臓で破壊されるため、血管外溶血が起こる点はIMHAと共通するが、原因が全く異なる。
  • 食餌歴や血液塗抹検査でのハインツ小体の有無が診断のポイント。

その他の鑑別疾患

  • 低リン血症 → 細胞膜の脆弱化による赤血球破壊
  • 腫瘍(血液のがんなど)
  • 寄生虫性疾患(バベシア症など)
  • 先天性・後天性の赤血球膜異常

これらの病態でも溶血が生じますが、自己免疫による破壊ではない点でIMHAと異なります。

追加検査による原因検索

免疫介在性溶血性貧血が原発性(特発性)なのか、二次性(基礎疾患に伴う)なのかを判断することも重要です。

  • X線検査・超音波検査
     → 腫瘍や感染症など、自己免疫異常を引き起こす隠れた疾患の有無を調べます。
  • 感染症検査
     → バベシアなどの血液寄生虫のチェック。

このように、IMHAの診断は単なる貧血の確認にとどまらず、自己免疫反応の証拠と他疾患の除外を組み合わせて総合的に行うことが不可欠です。

診断のポイントまとめ

✅ IMHAでは球状赤血球や自己凝集、クームス試験などが陽性になる
✅ 玉ねぎ中毒など他の溶血性貧血と区別することが重要
✅ 二次性IMHAの可能性もあるため、全身精査が必要

免疫介在性溶血性貧血の治療

IMHA(immune-mediated hemolytic anemia)の治療は、単なる貧血への対応ではなく、
自己免疫反応によって赤血球が破壊される異常な状態を速やかに抑えることが最大の目的です。

この病気の治療は大きく分けて、以下の3つの柱があります。

① 免疫抑制療法(基本の治療)

IMHAの根本的な病態は、自己免疫反応(赤血球に対する免疫攻撃)です。
そのため、まず行うべきは免疫の過剰反応を抑える治療
です。

主な薬剤

  • グルココルチコイド(ステロイド)
    → 免疫抑制作用により、赤血球への自己抗体産生を抑え、マクロファージによる赤血球の破壊(貪食)を抑制します。
  • 免疫抑制剤(必要に応じて)
    → ステロイド単独ではコントロールが難しい場合や、副作用を軽減したい場合に使用(アザチオプリン、シクロスポリンなど)。

ステロイドは、最も迅速に効果を発揮するため、治療初期は高用量で開始し、効果と副作用をみながら徐々に減量していきます。
治療効果が得られた後も、再発防止のために数ヶ月〜半年以上の内服継続が必要です。

② 抗血栓療法(合併症の予防)

IMHAの犬の死亡原因の多くは、実は貧血そのものではなく、血栓塞栓症といわれています。
特に、肺血栓塞栓症や播種性血管内凝固(DIC)は、突然死を引き起こす重大な合併症です。

このため、免疫抑制と並行して血液を固まりにくくする抗血栓療法を行います。

主な薬剤

  • 抗血小板薬(クロピドグレル、アスピリンなど)
  • 抗凝固薬(低分子ヘパリンなど)

これらの薬剤によって血栓形成を予防し、生命予後を大きく改善することが期待できます。

③ 輸血(重度の貧血への対症療法)

IMHAでは、赤血球の破壊が急激に進行し、命に関わる重度の貧血になることがあります。
この場合、緊急的に酸素運搬能を維持するため輸血が必要です。

ただし、IMHAは免疫が過剰に反応している状態のため、輸血によって輸血反応(免疫による新たな赤血球破壊)が起こるリスクが高くなります。
そのため輸血は「ヘマトクリット(PCV)が著しく低下し、生命維持に関わる場合のみ行う」という慎重な判断が必要です。

輸血の目安

  • PCV(ヘマトクリット値)が30%未満(一般的に20〜25%以下なら積極的に検討)
  • 臨床症状(呼吸困難、ショック症状など)が重度

治療後の経過と注意点

免疫抑制療法が奏功し、貧血の改善がみられても、IMHAは再発率の高い疾患です。

  • 少なくとも数ヶ月〜半年程度の免疫抑制剤の継続が推奨される
  • 薬剤の急な中止や減量は再発リスクになるため、必ず獣医師の指示に従う

また、長期間の免疫抑制治療に伴い、感染症や副作用のリスクもあるため、定期的な血液検査や健康チェックも不可欠です。

予後と再発について

犬の免疫介在性溶血性貧血(IMHA)は、治療を行ってもおよそ50%前後の死亡率が報告されている厳しい病気です。

特に注意すべきなのが、貧血そのものよりも血栓塞栓症(特に肺動脈塞栓)播種性血管内凝固(DIC)といった合併症です。これらは突然の急変や急死を招く恐れがあり、命に関わる重大なリスクとなります。

また、治療によって一旦回復しても安心はできません。IMHAは再発しやすい病気であり、数か月から数年後に再度発症するケースも少なくありません。再発を防ぐためにも、治療終了後も定期的な血液検査や健康チェックを継続することがとても重要です。

このように、IMHAは「治療後も油断できない病気」であり、獣医師と密に連携しながら、長期的な経過観察と管理を続けることが不可欠です。

まとめ

犬の免疫介在性溶血性貧血は、愛犬の命に関わる非常に重篤な病気です。

この病気では、愛犬自身の免疫システムが誤って赤血球を攻撃してしまい、
重度の貧血や黄疸、尿の色の変化、呼吸困難など、さまざまな深刻な症状を引き起こします。
治療を行ってもおよそ半数の犬が命を落とすという厳しい現実もあり、
特に血栓塞栓症播種性血管内凝固(DIC)といった合併症の予防と管理が、治療の大きなポイントとなります。

また、いったん治療がうまくいっても、IMHAは再発する可能性が高い病気でもあります。
そのため、症状が安定してからも油断は禁物です。定期的な血液検査を行い、愛犬の状態をきちんと把握しながら、
獣医師と相談しつつ治療を続けていくことが、再発防止のためには不可欠です。

このような病気と向き合う中で、最も重要なのは早期発見と迅速な治療開始です。
日頃から愛犬の様子をよく観察し、
・元気や食欲の低下
・呼吸が荒い
・歯茎や舌の色が白い
・尿の色が濃くなった、などの異変が見られた場合は、
迷わず動物病院を受診しましょう。

IMHAは確かに難しい病気ですが、早期に適切な治療を受けることで助かる可能性も十分にあります。
愛犬の「いつもと違うサイン」に気付いてあげることこそが、何よりの早期発見につながるのです。

当サイト「わんらぶ大学」では、獣医師監修のもと、犬と猫の健康や暮らしに役立つ情報をわかりやすくお届けしています。

※医療に関する最終的な判断は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。

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