犬の僧帽弁閉鎖不全症

愛犬に咳が出る、呼吸困難、運動を嫌がる、失神などの症状が見られたら、どんな病気を考えますか?

中〜高齢の小型犬に多いとされる、僧帽弁閉鎖不全症について解説します。

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僧帽弁閉鎖不全症とは

心臓は、律動的な収縮によって血液の循環を行うポンプの役目を担っており、右と左の二対の心房・心室系からなる4つの部屋を持つ構造となっています。

僧帽弁とは、心臓の左心房と左心室の間にある弁であり、その形状がカトリックの司教冠に似ているとして命名されたそうです。

そして僧帽弁閉鎖不全症とは、僧帽弁の閉鎖が不完全な状態を示しており、中〜高齢の小型犬にみられることが多いです。

雄犬は雌犬に比べて若齢から発症し、1.9倍の発症率があるとされています。

僧帽弁閉鎖不全症
僧帽弁の閉鎖が不完全な状態で、僧帽弁の粘液腫様変性が原因となっていることが多い
キャバリアは、僧帽弁閉鎖症の好発犬種として有名です。若齢から発症し、11歳以上で100%心雑音が聴取されるとされています。その一方で、臨床症状の出現や治療に対する反応は、他の犬種との違いがあると考えられています。

原因

僧帽弁閉鎖不全症は、僧帽弁の粘液腫様変性が原因となっていることが多いですが、感染性心内膜炎、機能性僧帽弁逆流、僧帽弁異形成なども原因となります。

粘液腫様変性は、弁の変性により弁同士の接合が不完全となる病態で、通常加齢性に数年以上かけて徐々に進行します。犬の後天性心疾患としては最も多く、北米では全体の75%を占めるとの報告があるようです。

感染性心内膜炎は、血液中に細菌が侵入して心臓内部に付着、増殖して感染巣を形成し増大する病態で、僧帽弁にイボ状の病変を作ります。中〜大型犬での発生が多いとされています。

機能性僧帽弁逆流は、僧帽弁自体に異常はないものの、弁輪、腱索、乳頭筋などの弁以外の機能異常により生じる病態です。拡張型心筋症や動脈管開存症などにより二次的に生じます。

僧帽弁異形成は、大型犬に好発する先天性の奇形です。

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僧帽弁閉鎖不全症の症状

僧帽弁閉鎖不全症の症状は、うっ血性心不全と呼ばれる臨床症状がみられます。

心不全とは、心臓のポンプ機能が低下した状態の事で、それにより肺や全身に血液が停滞しますが、これをうっ血といいます。

左心系のうっ血性心不全徴候として、呼吸困難など肺水腫に起因した症状があらわれます。その他運動を嫌がる、咳が出る、失神なども時にみられます。

僧帽弁閉鎖不全症は肺高血圧という病態を併発することがあり、腹水貯留などの右心系のうっ血性心不全徴候がみられることがあります。さらには、心疾患を原因とする栄養失調により、体重減少がみられることもあります。

しかし僧帽弁閉鎖不全症の犬が全て、心不全に進行していくわけではありません。

症状のポイント
左心系のうっ血性心不全徴候として、咳が出る、呼吸困難、運動を嫌がる、失神などがみられます

僧帽弁閉鎖不全症の診断と治療

診断

聴診器での心雑音の聴取が、最も有意義な早期診断の手技です。そして、心雑音の強度と心不全の重症度には、概ね相関関係があるとされています。

レントゲン検査により、左心系の拡大による心陰影の拡大所見がみられます。心拡大の評価は、横からのレントゲン撮影による「椎骨心臓サイズ(VHS)」が有用とされています。肺実質や肺血管陰影の評価は、レントゲン検査が最も得意とするところで、肺水腫の治療評価に用いられます。

心臓の超音波検査は、僧帽弁閉鎖不全症の原因疾患の確定や肺高血圧症や三尖弁閉鎖不全症などの併発疾患の評価、そして心拡大の評価などが可能です。

血液検査は、僧帽弁閉鎖不全症が中〜高齢での発症が多いことから、慢性腎臓病などの併発疾患の発見に有用であると考えられています。近年では、NT-proBNPやANPなどの心臓バイオマーカーの有用性も報告されています。

僧帽弁閉鎖不全症での高血圧症の併発は、心負荷をさらに増大させる可能性があるので、血圧測定を行います。犬の高血圧症は、慢性腎臓病副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)により続発することが多いとされています。

心電図検査では、負荷パターンの検出と不整脈診断を行います。

そして僧帽弁閉鎖不全症では、これらの検査を必要に応じて定期的に行います。

治療

僧帽弁閉鎖不全症はお薬による治療が主流で、症状の緩和と長生きできることを目的としています。

アメリカ獣医内科学会(ACVIM)が作成した、粘液腫様変性による僧帽弁閉鎖不全症の診断・治療ガイドラインがあります。このガイドラインでは、ステージごとの治療方針が提唱されています。

また、体外循環下での僧帽弁修復術の手技や成績が飛躍的に向上していることから、場合によっては手術も選択になることもあります。

治療に用いられる代表的なお薬

アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI):アンジオテンシンIをアンジオテンシンIIに変換するアンジオテンシン変換酵素を阻害するお薬で、血管を拡げ血圧を下げる作用があります。

ピモベンダン:PDE阻害作用に加えCa感受性増強作用があるお薬で、心臓の収縮力を強くし、血管を広げて体の血流をよくする作用があります。

フロセミド:ループ利尿薬に属し、腎尿細管におけるNa、Clの再吸収を抑制するお薬で、利尿作用により循環血流量の減少などにより血圧を下げる作用があります。

スピロノラクトン:カリウム保持利尿薬に属しアルドステロン拮抗薬とも呼ばれ、腎臓でナトリウムと水の排泄を促進しカリウムの排泄を抑えるお薬で、利尿作用により血圧を下げたり体のむくみを取る作用があります。

トラセミド:ループ利尿作用に加え、抗アルドステロン作用に由来するカリウム保持性を併せ持ったお薬で、むくみを改善する作用があります。長時間かつ強力な作用、カリウム喪失が少ない、耐性を示しづらいといった特性を持つと考えられています。

シルデナフィル:血管拡張を促進する作用があるお薬で、肺動脈性肺高血圧症の治療に用いられることがあります。

予後

僧帽弁閉鎖不全症であっても、全ての犬が心不全に進行するわけではなく、無症状の犬では長期間生存することが可能だとされています。

しかし心不全症状が発症してしまうと、お薬での治療を行っても中央生存値は247日との報告もあります。

まとめ

犬の僧帽弁閉鎖不全症について解説しました。僧帽弁閉鎖不全の症状の観察方法として、自宅での安静時呼吸数の測定が、何よりも早期に心不全を検出でき、信頼できる検査であるとされています。なお一般に、安静時呼吸数は1分間に10~30回といわれています。

レントゲン検査での「椎骨心臓サイズ(VHS)」や、心臓の超音波検査での心拡大の指標の変化を定期的に測定することが推奨されます。