犬の肥満細胞腫を丁寧に解説

この記事では、犬の肥満細胞腫について原因、症状、診断そして治療を、現役獣医師が解説しています。

対象読者
  • 動物病院で肥満細胞腫と診断されたor疑われている犬の飼い主
  • 皮膚にできものができている犬の飼い主
  • 犬の肥満細胞腫について知りたい獣医学生や動物看護師

最後まで読むだけで、肥満細胞腫について誰にでもすぐに理解できるように作成しているので、是非一度目を通していただけると嬉しいです。

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肥満細胞腫とは

肥満細胞腫は、肥満細胞が腫瘍性増殖したもので、犬の皮膚腫瘍では最も発生頻度が高い腫瘍です。

肥満細胞は、炎症や免疫反応などの生体防御に関する重要な役割を持つ細胞です。肥満細胞という名前ですが、いわゆる「肥満」とは無関係で、膨れた細胞の様子が肥満を想起させるため付けられた名前です。

▲肥満細胞:膨れた細胞内に、多数の顆粒がみられるのが特徴的

肥満細胞には、以下の特徴があります。

  • 粘膜下組織や結合組織などに存在する
  • 造血幹細胞由来の細胞
  • 細胞質内に顆粒を持っている
  • 顆粒の中身は、ヒスタミンセロトニンなどの血管作動性アミンヘパリンなどが含まれている
  • IgEを介したI型アレルギー反応の主体として働く
  • アレルギー反応の際には顆粒を放出する

肥満細胞腫は、この肥満細胞が腫瘍化したものです。肥満細胞腫の特徴は、以下の通りです。

  • 犬の皮膚腫瘍では最も発生頻度が高い
  • 犬の皮膚腫瘍全体の16~21%の発生率
  • 比較的高齢(平均年齢9歳)での発症が多い
  • 真皮や皮下組織で発生する腫瘍。しかし、まれに消化管や脾臓などでも発生する

肥満細胞腫は、成長速度が遅く緩やかな経過の悪性度の低いものから、急速に増大し転移する悪性度の高いものまで、悪性度が非常に幅広いです。

肥満細胞腫の好発犬種として、以下の犬種が知られています。

ボクサー、ボストンテリア、ラブラドールレトリバー、ビーグル、シュナウザー

原因

肥満細胞腫の原因は、大部分が不明です。

近年、幹細胞増殖因子のチロシンキナーゼレセプターである、C-kitの発現が肥満細胞腫で証明されました。このC-kitの発現は、中〜高悪性度の肥満細胞腫でよくみられるので、生存期間と関連するものと考えられています。

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肥満細胞腫の症状

肥満細胞腫の症状は、皮膚(真皮や皮下組織)のできものです。その病変部分で、脱毛がみられる場合もあります。

肥満細胞腫は、多くは単発ですが、複数みられる場合(約10%)もあります。

肥満細胞腫は悪性度が幅広いですが、悪性度が低い場合と高い場合で、以下の違いがみられます。

悪性度が低い場合の所見

  • 病変が一つ
  • 直径1~4cm程度
  • ゆっくり増大する
  • 弾性がある
  • 6ヶ月以上存在している
  • 潰瘍形成はない

悪性度が高い場合の所見

  • 急速に成長する
  • サイズが大きくなる
  • 潰瘍形成がある
  • 周囲の組織に炎症や浮腫(むくみ)がある

肥満細胞腫は、触診では脂肪腫と似ているので、誤診の可能性に注意が必要です。

顆粒に含まれる物質による症状

腫瘍細胞に含まれるヒスタミン、ヘパリン、セロトニンなどにより、以下の症状がみられます。顆粒は、腫瘍に触るなどの刺激によって放出されます。

  • 腫瘍周囲の組織に炎症や浮腫(むくみ)がでる(ダリエ徴候
  • 血圧低下
  • 嘔吐
  • 胃十二指腸潰瘍

肥満細胞腫の診断

肥満細胞腫は、針生検で診断します。細胞質内に深紫色に染まる顆粒がみられることが、肥満細胞腫の特徴です。

針生検とは

細い針で細胞を取って顕微鏡で観察する検査

しかし、悪性度が高い(未分化な)肥満細胞腫では、顆粒が全く無い場合もあります。この場合には、切除生検を行います。

切除生検とは

組織の一部分を切除して顕微鏡で観察する検査

c-kit遺伝子の検査

肥満細胞腫では、c-kit遺伝子の変異がみられる場合があります。遺伝子の変異検査として、エクソン8,9および11が実施可能です。

肥満細胞腫のステージ(病期)分類

血液検査およびレントゲン検査や超音波検査などの画像検査を行います。体の中のリンパ節や臓器の異常の有無を確認して、ステージ(病期)分類を行います。

肥満細胞腫のステージ(病期)分類

ステージ1
真皮に限局した単一腫瘍。所属リンパ節への転移なし
ステージ2
真皮に限局した単一腫瘍。所属リンパ節への転移あり
ステージ3
多発性皮膚腫瘍あるいは大型浸潤腫瘍。所属リンパ節転移の有無は考慮しない
ステージ4
全ての遠隔転移または転移を伴う再発腫瘍(末梢血または骨髄浸潤を含む)
サブステージ
a)全身症状なし、b)全身症状あり

肥満細胞腫の治療

肥満細胞腫の治療は、外科手術放射線療法による局所の治療を行います。

しかし、以下の場合には化学療法を検討します。

化学療法とは

化学療法剤(抗がん剤、化学物質)を使って、がん細胞の増殖を抑えたり破壊したりすることによる治療

  • 組織グレード(Patnaik分類)が3である
  • 脈管内浸潤がみられる
  • リンパ節転移が認められる
  • 切除マージンが不十分であるが放射線療法が実施できない
  • 何らかの理由(例えば心臓病や腎臓病など)で外科手術あるいは放射線療法が実施できない
  • 腫瘍が多発している

肥満細胞腫の分子標的薬

分子標的薬としてチロシンキナーゼ阻害薬(商品名:パラディアなど)が用いられています。C-kit遺伝子変異がある肥満細胞腫の場合に、分子標的薬が著効することが報告されています。

分子標的薬とは

特定の分子を標的として攻撃する治療法。攻撃対象を限定するため、高い治療効果と低い副作用が期待される。

▲チロシンキナーゼ阻害薬の一例(出典元:ゾエティスジャパンHP)

予後

皮膚肥満細胞腫の予後判定因子として、組織学的グレード分類(Patnaik分類)や二段階分類が存在します。

組織学的グレード分類は針生検では実施できないため、切除生検ないし外科手術により摘出した腫瘍組織で実施する必要があります。

Patnaik(パトニック)分類による平均生存期間

グレード1
高分化(低悪性度):長期間生存のため推定できず
グレード2
中間型(中悪性度):551.4±8.6日
グレード3
低分化(高悪性度):306.5±68.8日

二段階分類による平均生存期間

低グレード(低悪性度):562.3±5.9日
高グレード(高悪性度):321.0±50.4日

Camus M. S., et al. Cytologic Criteria for Mast Cell Tumor Grading in Dogs With Evaluation of Clinical Outcome. Vet Pathol. 53:1117-23. 2016.

肥満細胞腫は、外科手術で腫瘍を完全に切除できた場合、予後は良好です。

まとめ

犬の肥満細胞腫について解説しました。犬の皮膚腫瘍で最も多いとされており、比較的遭遇することの多い病気です。

肥満細胞腫は、完全に切除されれば比較的予後は良い病気なので、早期に診断・治療するようにしましょう。