犬の肥満細胞腫

犬の皮膚にできる腫瘍で、最も発生率の高い病気をご存知ですか?

近年、遺伝子変異検査や分子標的薬などの新しい知見が増えた、犬の肥満細胞腫について解説します。

肥満細胞腫とは

肥満細胞は、粘膜下組織や結合組織などに存在する造血幹細胞由来の細胞で、顆粒の中には、ヒスタミン、セロトニンなどの血管作動性アミン、ヘパリンなどが含まれています。

肥満細胞はIgEを介したI型アレルギー反応の主体として働き、アレルギー反応の際にはIgEの結合した顆粒に反応して顆粒を放出します。

肥満細胞とは
ヒスタミン、セロトニン、ヘパリンなどの含まれる顆粒を持ち、アレルギー反応の際に顆粒を放出する

肥満細胞腫は、肥満細胞が腫瘍性増殖したもので、犬の皮膚腫瘍では最も発生頻度が高いといわれており、皮膚腫瘍全体の16~21%を占めるといわれています。また、肥満細胞腫は比較的高齢(平均年齢9歳)での発生が多いです。

犬の肥満細胞腫はほとんどが真皮や皮下組織に発生し、消化管や脾臓などの他の組織で発生することは稀です。そして、成長速度が遅く緩やかな経過を示すものから、急速に増大し転移する悪性度の高いものまで、幅広くみられるのが、肥満細胞腫の特徴です。

肥満細胞腫
肥満細胞が腫瘍性増殖したもの

原因

犬の肥満細胞腫の原因は、大部分が不明であるとされています。

近年、幹細胞増殖因子のチロシンキナーゼレセプターである、C-kitの発現が肥満細胞腫で証明されています。この現象は、中〜高悪性度の犬の肥満細胞腫においてよく認められ、不良な予後と関連しているものと考えられています。

肥満細胞腫はボクサー、ボストンテリア、ラブラドールレトリバー、ビーグル、シュナウザーに好発するとされています。

肥満細胞腫の症状

皮膚の肥満細胞腫の多くは病変が一つですが、約10%は病変が多発するとされています。

悪性度が低い皮膚肥満細胞腫では、病変が一つで直径1~4cm程度であり、ゆっくり増大し弾性があり、しばしば6ヶ月以上存在しています。一般的に潰瘍形成は無いですが、病変部の皮膚に脱毛がみられることがあります。

悪性度が高い皮膚肥満細胞腫では、急速に成長し大きなサイズとなり、潰瘍化した病変が強い刺激を起こし、周囲の組織が炎症や浮腫(むくみ)を起こすことがあります。

皮下に発生する肥満細胞腫は、触診で柔らかく肉様であり、脂肪腫と誤診されることがあるので注意が必要です。

肥満細胞腫では、腫瘍細胞に含まれるヒスタミン、ヘパリン、セロトニンなどにより様々な障害が引き起こされます。特に腫瘍が放出したヒスタミンに起因する胃十二指腸潰瘍の発生率が高いとされています。

これらの物質は、腫瘍に接触するなどの刺激によって腫瘍細胞から放出され、腫瘍周囲が赤くむくんだ状態となったり(ダリエ徴候)、血圧低下や嘔吐などの急性の全身症状を引き起こすことがあります。

診断のポイント
肥満細胞腫の見え方は様々だが、脱顆粒によるダリエ徴候などに注意

肥満細胞腫の診断と治療

診断

肥満細胞腫は、針生検(細い針で細胞を取って顕微鏡で観察する検査)で診断できることが多いです。前述の通り、細胞質内に深紫色に染まる顆粒が特徴的です。

しかし、未分化な(悪性度の高い)肥満細胞腫では、顆粒が極めて少ないか、全く無い場合があります。このような場合には、切除生検(組織の一部分を切除して顕微鏡で観察する検査)を行う必要があります。

前述の通り、肥満細胞腫ではc-kit遺伝子の変異がみられますが、遺伝子の変異検査(エクソン8,9および11)が実施可能となっています。

診断のポイント
通常針生検で診断可能だが、場合によっては切除生検。遺伝子変異検査もある。

その他、血液検査およびレントゲン検査や超音波検査などの画像検査で、体の中のリンパ節や臓器の異常の有無の確認を行います。

▼肥満細胞腫のステージ(病期)分類

ステージ1:真皮に限局した単一腫瘍。所属リンパ節への転移なし
ステージ2:真皮に限局した単一腫瘍。所属リンパ節への転移あり
ステージ3:多発性皮膚腫瘍あるいは大型浸潤腫瘍。所属リンパ節転移の有無は考慮しない
ステージ4:全ての遠隔転移または転移を伴う再発腫瘍(末梢血または骨髄浸潤を含む)
サブステージ:a) : 全身症状なし、b)全身症状あり

治療

肥満細胞腫の治療では、外科手術や放射線療法による局所の治療が重要であるとされています。

しかし、①組織グレード(Patnaik分類)が3である、②脈管内浸潤がみられる、③リンパ節転移が認められる、④切除マージンが不十分であるが放射線療法が実施できない、⑤何らかの理由(例えば心臓病や腎臓病など)で外科手術あるいは放射線療法が実施できない、⑥腫瘍が多発性であるなどの場合には、抗がん剤による化学療法が適応となります。

近年肥満細胞腫の治療に、分子標的薬としてチロシンキナーゼ阻害薬(商品名:イマチニブなど)が用いられています。分子標的薬とは、特定の分子を標的として攻撃する治療法であり、攻撃対象を限定するため高い治療効果と低い副作用が期待されます。

前述のC-kit遺伝子変異を有する場合に、分子標的薬が高い確率で著効することが報告されています。

治療のポイント
外科手術や放射線療法が推奨されているが、場合によっては化学療法

予後

皮膚肥満細胞腫では、組織学的グレード分類(Patnaik分類)や二段階分類が重要な予後判定因子となっています。

組織学的グレード分類は針生検では実施できないため、切除生検ないし外科手術により摘出した腫瘍組織で実施する必要があります。

▼Patnaik(パトニック)分類による平均生存期間

グレード1 高分化(低悪性度):長期間生存のため推定できず
グレード2 中間型(中悪性度):551.4±8.6日
グレード3:低分化(高悪性度):306.5±68.8日
Camus M. S., et al. Cytologic Criteria for Mast Cell Tumor Grading in Dogs With Evaluation of Clinical OutcomeVet Pathol. 53:1117-23. 2016.

▼二段階分類による平均生存期間

低グレード(低悪性度):562.3±5.9日
高グレード(高悪性度):321.0±50.4日

Camus M. S., et al. Cytologic Criteria for Mast Cell Tumor Grading in Dogs With Evaluation of Clinical OutcomeVet Pathol. 53:1117-23. 2016.

まとめ

犬の肥満細胞腫について解説しました。犬の皮膚腫瘍で最も多いとされており、比較的遭遇することの多い病気です。

肥満細胞腫は、完全に切除されれば比較的予後は良い病気なので、早期に診断・治療するようにしましょう。

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