愛犬に突然、てんかん発作のような症状が現れたら――飼い主さんは驚き、不安でいっぱいになることでしょう。
特に小型犬の若年〜中年齢層で注意が必要な壊死性髄膜脳炎(NME:necrotizing meningoencephalitis)は、かつて「パグ脳炎」とも呼ばれ、突然の発作や進行性の神経症状を引き起こす重い病気です。
この記事では、壊死性髄膜脳炎の原因や特徴的な症状、診断方法、治療、予後について、現役獣医師がわかりやすく解説します。愛犬の発作や神経症状に不安を感じている方はもちろん、いざという時に備えて知識を深めておきたい方も、ぜひ最後までご覧ください。
この記事はこんな方におすすめです
- 動物病院で「壊死性髄膜脳炎」または「パグ脳炎」と診断された犬の飼い主さま
- てんかん発作や神経症状がみられる犬を飼っている方
- 犬の神経疾患について学びたい獣医学生や動物看護師の方
壊死性髄膜脳炎(パグ脳炎)とは
壊死性髄膜脳炎は、脳に起きる炎症(脳炎)と、脳を包む膜に起きる炎症(髄膜炎)が同時に進行する疾患です。この病態は「脳髄膜炎」とも呼ばれます。
かつてはパグのみに多くみられたことから「パグ脳炎」と呼ばれていましたが、現在ではシーズー、マルチーズ、ポメラニアン、ペキニーズ、チワワなど他の小型犬でも発症することが知られています。
原因
髄膜脳炎は大きく「感染性」と「非感染性」の2つに分類されます。
犬の感染性髄膜脳炎では、犬ジステンパーウイルス(CDV)によるものが代表的ですが、壊死性髄膜脳炎は非感染性に分類されます。
この非感染性脳炎の原因は完全には解明されていませんが、近年の研究では自己免疫疾患の一つである可能性が高いと考えられています。
特に注目されているのが、GFAP(グリア線維性酸性タンパク)というタンパク質に対する自己抗体の存在です。
GFAPは、脳内で神経を支える「アストロサイト」と呼ばれるグリア細胞に多く含まれており、神経の維持と保護に重要な役割を果たしています。
しかし、このGFAPに対して免疫が誤って攻撃してしまうことで、脳組織に炎症が生じると考えられています。
壊死性髄膜脳炎の症状
この病気の初期には、大脳皮質や皮髄境界部に炎症が生じ、てんかん発作がみられることが少なくありません。
病気が進行すると炎症が拡大し、脳の広い範囲に壊死(組織の死滅)が生じます。これにより、障害された部位に応じたさまざまな神経症状(意識障害、歩行異常、視覚異常など)が現れます。
さらに末期になると、脳幹や小脳まで病変が波及し、発作の重積(連続した発作)や呼吸・循環の異常を引き起こし、多くの場合、命を落とす結果となります。
症状のポイント
- 初期はてんかん発作が中心
- 進行すると部位ごとの神経症状
- 末期には致命的な状態に陥ることがほとんど
壊死性脳脊髄炎の診断
壊死性髄膜脳炎の確定診断は、本来であれば病理組織検査(亡くなった後の脳組織の詳細な検査)が必要とされています。
しかし近年では、生前でもかなり高い精度で診断を行うことが可能になってきました。
主に行われるのは以下の3つの検査です。
- MRI検査
脳内の異常な病変(壊死や炎症)を捉えることができます。 - 脳脊髄液検査
炎症所見(細胞数増加、蛋白濃度上昇など)を確認することで、髄膜炎・脳炎の存在を支持します。 - 抗GFAP自己抗体の検出
自己免疫性疾患としての側面が強い本疾患では、自己抗体(GFAP=グリア線維性酸性タンパクに対する抗体)の存在が重要な手がかりになります。
このように、MRI・脳脊髄液検査・抗GFAP抗体の検出を組み合わせることで、生前でも診断を行うことが可能です。
壊死性脳脊髄炎の治療
残念ながら、壊死性髄膜脳炎には根本的な治療法はなく、完治は非常に難しい病気です。
そのため、治療は炎症の進行を抑えることと、症状を緩和することを目的とした対症療法が中心となります。
- 免疫抑制療法
プレドニゾロン(ステロイド剤)を基本とし、必要に応じて他の免疫抑制薬(アザチオプリンやシクロスポリンなど)を併用して行います。これにより、免疫による炎症反応を抑制します。 - 抗てんかん療法
てんかん発作が認められる場合は、抗てんかん薬を併用して発作のコントロールを図ります。
予後
壊死性髄膜脳炎は命に関わる非常に深刻な病気です。
特にパグでは進行が早く、治療を行った場合でも生存期間は1〜3年程度とされ、半年以内に死亡するケースも珍しくありません。
つまり、誤解を恐れずに言えば、基本的には致死的な疾患であり、厳しい予後が予想されます。
ただし、パグ以外の犬種(シーズー、マルチーズなど)では比較的緩やかに進行する場合もあり、3年以上生存するケースも見られるため、犬種によって予後に差があるのも特徴です。
まとめ
犬の壊死性髄膜脳炎(パグ脳炎)は、自己免疫疾患が関与すると考えられている極めて重篤な脳の炎症性疾患です。
パグをはじめ、シーズーやマルチーズ、チワワなどの小型犬種にも発症が見られますが、特にパグでは進行が早く、予後が厳しいことで知られています。
この病気の特徴は、まずてんかん発作が初期症状として現れることです。
やがて炎症が進行すると、脳のさまざまな部位が侵され、運動障害や認知機能の低下など、部位に応じた神経症状が現れるようになります。
さらに末期になると、脳幹や小脳まで病変が及び、発作の重積や呼吸・循環機能の障害によって命を落とすケースがほとんどです。
現在ではMRI検査や脳脊髄液検査、抗GFAP自己抗体の検出によって生前診断が可能になっていますが、残念ながら完治は難しく、治療の中心は免疫抑制療法と発作の管理となります。
パグなど一部の犬種では短期間で命を落とす場合も多く、基本的には致死的疾患であることを理解しておくことが重要です。
ただし、犬種によっては比較的進行が緩やかで、長期間生存するケースもあるため、診断後も獣医師と相談しながら最善の治療を続けていくことが求められます。
いざという時に慌てないためにも、てんかん発作や神経症状が見られた際は、なるべく早く動物病院を受診し、早期診断・早期治療に努めることが何よりも大切です。