犬の全身性エリテマトーデス(SLE)を獣医師がわかりやすく解説

この記事では、犬の全身性エリテマトーデス(SLE)について、原因・症状・診断・治療を、現役獣医師がわかりやすく解説しています。

本記事を読むだけで、全身性エリテマトーデス(SLE)の基本がすぐに理解できるように構成しています。ぜひ最後までご覧いただけたら嬉しいです。

対象読者

  • 動物病院で全身性エリテマトーデス(SLE)と診断された、あるいは疑われている犬の飼い主さん
  • 赤みや脱毛などの皮膚の異常がみられる犬を飼っている方
  • 全身性エリテマトーデス(SLE)について学びたい獣医学生や動物看護師の方
目次

全身性エリテマトーデス(SLE)とは

全身性エリテマトーデス(SLE)は、免疫複合体が全身の組織に沈着することによって発症する、代表的な自己免疫疾患の一つです。本来は外敵から身体を守る免疫システムが、自身の細胞や組織を誤って攻撃してしまうことで、さまざまな臓器に炎症を引き起こします。

「エリテマトーデス(lupus erythematosus)」という名称は、ラテン語で「lupus=狼」に由来します。これは、皮膚に生じる紅斑(赤み)やびらんの様子が、まるで狼に咬まれた傷跡のように見えることから名付けられたといわれています。日本語では「紅斑性狼瘡」とも呼ばれます。

この疾患のメカニズムは以下の通りです:
1. 自己の細胞の核や細胞膜などに対して抗体(自己抗体)が産生される
2. これらの自己抗体と抗原が結合し、免疫複合体を形成する
3. 免疫複合体が補体と共に血管壁や各種臓器に沈着する
4. 沈着した部位に炎症反応が生じ、様々な臨床症状を呈する

免疫複合体が沈着する部位によって、以下のような症状が見られます:
・皮膚:紅斑やびらんなどの皮膚病変
・血管壁:血管炎
・腎臓(糸球体):糸球体腎炎
・関節(滑膜):非びらん性多発性関節炎

犬におけるエリテマトーデスは、大きく次の2つに分類されます。

全身性エリテマトーデス(SLE)
皮膚を含む全身の臓器に障害が見られる疾患で、少なくとも2つ以上の臓器系に影響が及ぶことが診断の目安とされています。

皮膚型エリテマトーデス(CLE)
皮膚に限局した病変を示すタイプで、複数の病型に分かれています。
・剥奪性皮膚エリテマトーデス(ECEL):ジャーマン・ショートヘアード・ポインターなど
・水疱性皮膚エリテマトーデス(VCLE):コリーおよびシェットランド・シープドックなど
・円板状エリテマトーデス(DLE)

SLEの発症は、若齢から中齢の犬に多く、特にジャーマン・シェパードが好発犬種として知られています。

(参考)ヒトの全身性エリテマトーデス
ヒトにおいても、抗体と抗原が結合した免疫複合体が体内のさまざまな臓器に沈着し、慢性の炎症性病変を引き起こす疾患です。症状は緩解と再燃を繰り返すことが多く、治療により軽快する一方で、完全な治癒が難しい慢性疾患とされています。
また、一卵性双生児での一致率が約25%とされており、遺伝的素因の関与も示唆されています。

原因

犬の全身性エリテマトーデス(SLE)のはっきりとした発症原因は明らかになっていませんが、ヒトのSLEと同様に、遺伝的要因が関与していると考えられています。つまり、SLEにかかりやすい体質(感受性遺伝子)をもつ犬に、特定の環境的刺激が加わることによって、発症に至るとされています。

発症の引き金となると考えられている刺激には、以下のようなものがあります。

  • ワクチン接種
  • 薬剤の投与
  • 精神的・肉体的ストレス
  • ウイルスや細菌などによる感染症
  • 紫外線への暴露

特に紫外線は皮膚症状を悪化させる要因として知られており、日光に当たることで皮膚病変が悪化する犬もいます。このため、日常的な紫外線対策も重要になります。

全身性エリテマトーデスの症状

全身性エリテマトーデスは自己免疫疾患の一つであり、免疫が自分自身の組織を攻撃することによって、複数の臓器にわたって慢性的な炎症を引き起こします。症状は非常に多様で、犬によって現れる部位や程度が異なります。

特に以下のような症状がよく認められます:

  • 免疫介在性溶血性貧血(貧血による元気消失、舌や歯茎の蒼白など)
  • 免疫介在性血小板減少症(点状出血、鼻出血など)
  • 免疫介在性好中球減少症
  • 血液凝固異常
  • 非びらん性多発性関節炎(足を引きずる、跛行、関節の腫れなど)
  • 糸球体腎炎(腎機能の低下、尿の異常、むくみなど)
  • 血管炎(全身の炎症症状)
  • 発熱、リンパ節腫脹、脾腫、体重減少
  • 神経系の異常(けいれん、筋力低下、運動失調など)

皮膚の症状

犬では皮膚症状の出現頻度はそれほど高くありませんが、現れた場合には多様な変化を示し、再発を繰り返す傾向があります。以下のような病変がみられます:

  • 紅斑(皮膚表面の赤み)
  • 脱毛
  • びらん・潰瘍(皮膚や粘膜の浅い傷〜深い傷)
  • 鱗屑(皮膚の角質が剥がれる)
  • 痂皮(かさぶた)や瘢痕(傷あと)
  • 口腔内や鼻周囲の粘膜に病変が出ることもあります

皮膚病変は顔面、耳、四肢の先端など日光に当たりやすい場所に出やすいとされており、紫外線の影響を強く受ける点が特徴です。

全身性エリテマトーデスの診断

犬の全身性エリテマトーデス(SLE)の診断は非常に難しく、明確な単一の診断基準は存在しません。そのため、他の疾患を除外しながら診断を進めていく「除外診断」が基本となります。

SLEの診断では、以下の8つの主要な臨床徴候・検査所見のうち、2項目以上を満たすことでSLEを疑い、治療に踏み切る判断材料とされます。

SLEの主な診断項目(※どれも重要)

  1. 末梢血における血球減少症(赤血球・白血球・血小板など)
  2. 限局性または多発性の関節炎
  3. 糸球体腎炎(腎機能低下、タンパク尿)
  4. 神経症状(けいれん、麻痺など)
  5. 多発性筋炎
  6. 重症筋無力症
  7. 血管炎(皮膚や臓器に炎症を伴う血管障害)
  8. 抗核抗体(ANA)陽性

上記の項目に加え、以下の検査が診断の補助として行われます。

抗核抗体(ANA)検査

自己の細胞核成分に反応する抗体(自己抗体)を検出する検査です。
SLEでは高頻度で陽性となるため、スクリーニング検査として有用です。

ただし、他の疾患でも陽性になることがあるため、陽性=SLE確定ではありません
また、SLEであっても約10%で偽陰性(本当は陽性なのに陰性と出る)になることがあるため、慎重な解釈が必要です。

抗核抗体が陽性となることがある他の疾患(例):

  • バルトネラ症
  • エールリヒア症
  • リーシュマニア症

クームス試験(直接抗グロブリン試験)

赤血球の表面に自己抗体が付着しているかを調べる検査で、免疫介在性溶血性貧血が疑われる場合に実施されます
SLEでは通常陰性ですが、一部で陽性になる例もあるため補助的に活用されます。

犬リウマチ因子(RF)

免疫グロブリンIgGに対する自己抗体(主にIgM)であり、関節症状がある場合に関節リウマチとの鑑別に使用されます。
ただし、SLEでは一般的に陰性であるものの、陽性になることもあるため注意が必要です。

皮膚生検

皮膚病変がある場合には、生検により病理組織学的な所見を確認します。
特に潰瘍の縁にある紅斑部から組織を採取することが推奨されます。以下のような所見がSLEの診断に役立ちます:

  • 表皮基底層の液状変性
  • 真皮上層〜付属器周囲への単核球の層状・帯状浸潤
  • 基底膜の肥厚

ただし、これらの所見は特異的ではなく、常に現れるわけではないため、他の検査とあわせて総合的に判断する必要があります。

全身性エリテマトーデスの治療

SLEは完治が難しく、長期的な管理が必要な疾患です。
治療の中心は免疫抑制を目的とした内科的療法で、特にグルココルチコイド(ステロイド)製剤の使用が基本となります。

ステロイド治療の進め方

  • 初期には症状と検査異常をしっかり抑えるために、やや高用量で開始
  • 改善が見られたら、8〜10週間かけて少しずつ減量
  • 隔日投与が可能になるまで漸減し、再発しない最低用量を維持
  • 再発が見られた場合には、直前の効果があった用量に戻して対応

※減量中や維持中は、定期的な再評価が必要です。

ステロイド単独での治療が難しい場合

グルココルチコイドには多くの副作用(多飲多尿、筋力低下、肝酵素上昇など)があるため、長期的な投与に不安がある場合には免疫抑制剤を併用することが推奨されます。

以下のような免疫抑制剤が使用されることがあります:

  • アザチオプリン(細胞増殖を抑える)
  • クロラムブシル(アルキル化剤)
  • シクロフォスファミド(シクロフォスファドとも)
  • シクロスポリン(T細胞活性を抑える:商品名アトピカなど)

特に、腎臓や中枢神経など重篤な臓器障害がある場合には、ステロイドと免疫抑制剤の併用が不可欠です。

治療中は、定期的な血液検査・尿検査・画像診断などで状態をモニタリングしながら、薬剤の量や種類を調整していきます。

予後

全身性エリテマトーデス(SLE)の予後は、症状の重症度や関与している臓器の種類によって大きく左右されます。特に、以下のような病態が認められる場合は、生命に関わる深刻なリスクが伴います:

  • 免疫介在性溶血性貧血(IMHA)
  • 免疫介在性血小板減少症(IMTP)
  • 糸球体腎炎(免疫複合体による腎障害)

これらの合併症がある犬では、治療開始から1年以内に約40%が死亡すると報告されています。主な死因は以下のとおりです:

  • 腎不全(尿毒症)
  • 治療への反応不良
  • ステロイドや免疫抑制剤の副作用(肝障害、消化管潰瘍など)
  • 重度の二次感染(敗血症、肺炎など)

一方で、ステロイド単独で症状のコントロールが可能なケースでは、比較的予後は良好です。このような犬では、およそ50%が長期生存するとされています。

ただし、海外の報告では、病状の悪化よりも長期ステロイド投与による副作用を理由に安楽死が選択されるケースも多いとされています。これを防ぐためには、以下の点に注意が必要です:

  • 定期的な検査で副作用を早期に察知すること
  • 免疫抑制剤への早期移行を検討すること
  • 肥満、皮膚炎、膀胱炎など二次的な合併症の予防と管理を徹底すること

まとめ

犬の全身性エリテマトーデス(SLE)は、多臓器にわたる自己免疫性の慢性疾患であり、適切な診断と早期の治療開始が予後を大きく左右します。

  • この病気は、免疫複合体が体内のさまざまな組織に沈着することで発症し、貧血や関節炎、腎障害など多彩な症状を呈します。
  • 診断には複数の臨床所見の組み合わせと抗核抗体検査などの補助検査が重要です。
  • 治療はステロイドを中心とした内科的治療が基本であり、重症例では免疫抑制剤との併用が必要になります。
  • 症状や副作用を慎重にモニタリングしながら治療計画を調整していくことで、長期的な安定管理が可能となります。

SLEは決して治癒を期待できる病気ではありませんが、飼い主さんと獣医師の連携によってコントロール可能な疾患です。愛犬の生活の質を保ちつつ、必要なケアを続けていくことが最も大切です。

当サイト「わんらぶ大学」では、獣医師監修のもと、犬と猫の健康や暮らしに役立つ情報をわかりやすくお届けしています。

※医療に関する最終的な判断は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。

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