犬の紅斑性天疱瘡を丁寧に解説

この記事では、犬の紅斑性天疱瘡(こうはんせいてんぽうそう)について原因、症状、診断そして治療を、現役獣医師が解説しています。

対象読者
  • 動物病院で紅斑性天疱瘡と診断されたor疑われている犬の飼い主
  • 犬の鼻に色素脱失や皮膚炎がみられる犬の飼い主
  • 犬の紅斑性天疱瘡について知りたい獣医学生や動物看護師

最後まで読むだけで、紅斑性天疱瘡について誰にでもすぐに理解できるように作成しているので、是非一度目を通していただけると嬉しいです。

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犬の紅斑性天疱瘡とは

紅斑性天疱瘡は、落葉状天疱瘡の軽症型、あるいは天疱瘡とエリテマーデスの交差型と考えられている自己免疫性皮膚疾患です。犬ではよくみられる病気で、ジャーマンシェパード、コリー、シェルティーでの発症が多いです。

自己免疫疾患とは

免疫系が正常に機能しなくなり、体が自分の組織を攻撃してしまう病気

天疱瘡とは

天疱瘡とは、免疫が自分自身を攻撃してしまう自己免疫疾患のひとつです。皮膚、口腔粘膜、食道などの粘膜の表面にある接着をつかさどる蛋白(接着因子)に対してIgG自己抗体が産生されてしまう病気です。

表皮細胞接着因子は、表皮細胞と表皮細胞がお互いにくっつく(接着する)のに重要な役割をしている蛋白なので、それが攻撃されると、結果として表皮細胞と表皮細胞がばらばらになり、表皮の中で水疱が生じてしまいます。

天疱瘡はヒトをはじめ犬、猫、馬、豚、羊など多くの哺乳動物に発生する自己免疫性皮膚疾患ですが、犬の天疱瘡が最も多くみられます。

そして天疱瘡は、落葉状天疱瘡紅斑性天疱瘡尋常性天疱瘡、および増殖性天疱瘡に分類されています。犬における発生頻度は、落葉状天疱瘡が最も多く、紅斑性天疱瘡、尋常性天疱瘡、増殖性天疱瘡の順に発生が少なくなります。

近年新しい概念として、腫瘍随伴性天疱瘡が報告されています。

(参考)ヒトの天疱瘡
人の天疱瘡では、「尋常性天疱瘡(じんじょうせいてんぽうそう)」と「落葉状天疱瘡(らくようじょうてんぽうそう)」という大きく2つの病型があり、割合として尋常性天疱瘡が60%、落葉状天疱瘡が30%、まれな型の天疱瘡が10%とされています。

原因

ヒトの紅斑性天疱瘡は、デスモソーム(デスモグレイン1)に対する自己抗体を有し、落葉状天疱瘡に移行することがあるので、落葉状天疱瘡の亜型(本来の型から派生して出来たもの)とも考えられています。

犬の紅斑性天疱瘡もヒトと同様に、落葉状天疱瘡の軽症例とも考えられています。なお、犬の落葉状天疱瘡の犬の70%で血清中からデスモコリン1(Dsc1)に対するIgG自己抗体が認められており、人と違う原因が示唆されています。

▲天疱瘡および類天疱瘡の病変形成部位の比較

発生頻度

★★☆☆☆ めったにみない病気

発生頻度を5段階で評価。5:日常的にみられる病気 4:よくみられる病気 3:時々みられる病気 2:めったにみない病気 1:ほとんどみない病気

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紅斑性天疱瘡の症状

紅斑性天疱瘡では、鼻梁や眼周囲などの顔面と耳介に皮膚病変に限局することが特徴です。皮膚病変は、表皮のびらん、鱗屑(角質が肥厚して剥離したもの)、痂皮(かさぶた)がみられるのが典型的です。膿疱(膿汁の入った水疱)がみられることもありますが、通常は発見するのが困難です。これらの皮膚病変には、軽度から中程度の痒みがあります。

また、鼻の色素脱失が同時によくみられ、足底肉球の角化亢進がみられることもあります。しかし、口腔内に病変がみられることはありません。

紅斑性天疱瘡の診断

紅斑性天疱瘡の診断は、針生検や切除生検を行います。

針生検とは

細い針で細胞を取って顕微鏡で観察する検査

切除生検とは

組織の一部分を切除して顕微鏡で観察する検査

針生検は、皮膚病変で皮膚病変で膿疱がある場合、その内容物を顕微鏡で観察します。落葉状天疱瘡では、変性していない好中球と棘融解細胞が確認されます。棘融解細胞とは、細胞間接着を失った角化細胞のことです。

切除生検では、病理組織学的検査を行い確定診断を行います。

病理組織学的所見では、棘融解および膿疱形成を伴う表皮内の裂溝がみられます。病変の表皮内における位置は自己抗体沈着の部位に関係しており、紅斑性天疱瘡では好中球と棘融解細胞を含む角層下膿疱がみられます。

また、抗核抗体(ANA)検査を実施する場合もあります。しかし、検査結果が陽性であれば診断の補助となりますが、他の様々な慢性皮膚炎でも陽性になるため、この病気の確定診断とすることはできないことに注意が必要です。

抗核抗体検査(ANA)とは

抗核抗体とは、自己の細胞中にある細胞核を構成する成分を抗原とする自己抗体の総称です。ヒトでは、膠原病(自己免疫疾患やリウマチ疾患)が疑われた場合のスクリーニング検査(ふるい分け検査)として利用されています。

似たような症状を示すものとして、以下の皮膚病があります。

紅斑性天疱瘡の治療

紅斑性天疱瘡の治療は、内科的治療です。内科的治療には、外用療法全身療法があります。

外用療法

投薬治療は、一般的な治療としてグルココルチコイド(ステロイド)外用薬による治療が行われます。最初は病変は消失するまで(約4~6週間)、ベタメタゾンやフルオロシノロンなどの強力な作用を持つ外用薬を使用し、その後維持療法として使用回数を減らしたり作用の弱いものに変更していきます。強力な作用のグルココルチコイド(ステロイド)外用薬を使い続けることにより、塗布した部位の永久的な脱毛および皮膚の萎縮がみられることがありますので注意が必要です。

グルココルチコイド(ステロイド)外用薬の代わりに、0.1%タクロリムス軟膏あるいは1~2%シクロスポリン液を塗布する方法もあります。

日光を避け紫外線による鼻の病変の悪化を防ぐため、サンスクリーン(日焼け止め)を局所に用います。なお、二酸化チタン含有製品の有効性が報告されています。

全身療法

軽症例〜中症例では、脂肪酸、ビタミンE、テトラサイクリンとニコチン酸アミドの組み合わせが有効であり、治療を開始してから8~12週で著しい改善がみられると報告されています。

重症例〜難治症例では、グルココルチコイド(ステロイド)や免疫抑制剤(アザチオプリン、クロラムブシル、シクロスポリン(商品名:アトピカ)など)を投与します。

予後

この病気は治療をしなくても良性かつ局所性であるために、予後は良好です。

全身性にグルココルチコイド(ステロイド)や免疫抑制剤を使用する場合には、臨床症状や血液検査の定期的なチェックを行い、必要に応じて治療法を見直すことが重要です。

まとめ

犬の紅斑性天疱瘡について解説しました。鼻平面の病変は、自己免疫性の皮膚疾患によくみられる特徴です。

鼻平面に色素脱失やびらん性皮膚炎がみられる場合には、動物病院で獣医さんに診察してもらうようにしましょう。