犬の甲状腺機能低下症を丁寧に解説

この記事では、犬の甲状腺機能低下症について原因、症状、診断そして治療を、現役獣医師が解説しています。

対象読者
  • 動物病院で甲状腺機能低下症と診断されたor疑われている犬の飼い主
  • 貧血が見られる犬の飼い主
  • 犬の甲状腺機能低下症について知りたい獣医学生や動物看護師

最後まで読むだけで、甲状腺機能低下症について誰にでもすぐに理解できるように作成しているので、是非一度目を通していただけると嬉しいです。

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甲状腺機能低下症とは

甲状腺機能低下症は、中年齢のゴールデンレトリバーやラブラドールレトリバーなどの大型犬に多く発生する病気であり、甲状腺ホルモンの欠乏により様々な症状が現れます。症状がゆっくり進行することから異常に気付きにくいこともあります。

犬の甲状腺は、のどぼとけのすぐ下あたりの気管の左右にあります。そして甲状腺は、食べ物に含まれるヨウ素を材料にして甲状腺ホルモンを作り、血液中に分泌します。
甲状腺ホルモンには、体の発育を促進し、新陳代謝を盛んにする働きがあります。つまり、活動するために必要なエネルギーを作り、快適な生活を送るためになくてはならないホルモンです。甲状腺ホルモンは多すぎても少なすぎても体調が悪くなってしまいます。

人では甲状腺ホルモンが多くなる病気としてバセドウ病などが、甲状腺ホルモンが少なくなる病気として橋本病などが知られています。

▲犬の甲状腺の位置

原因

詳しい原因は分かっていませんが、甲状腺が破壊されることによって起こります。甲状腺が破壊されると甲状腺ホルモンが分泌されなくなり、様々な症状が現れます。

特定の犬種や家系で多発がみられることから遺伝的素因が関与している可能性が高いと考えられています。

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甲状腺機能低下症の症状

よくみられる症状は、なんとなく元気が無く寝てばかりいる食べる量は変わっていないのに体重が増える体の毛が抜ける、などです。

症状はゆっくり進行するため、変化に気づかないことも多く「歳をとって寝る時間が増えた」とか「太ってきたので動かなくなってきた」と考えていたのが、実は甲状腺機能低下症だったということは珍しくありません。

甲状腺機能低下症の症状は、①代謝の低下、②皮膚の変化、③皮膚の免疫機能の変化、④ムコ多糖沈着の4つに分けられます。

それ以外にも時に神経症状を出すことがあり、そして甲状腺機能低下は症状があまりに進むと、粘液水腫性昏睡と呼ばれる重篤な状態になり、場合によっては死亡することもあります。

代謝の低下

全身の代謝が低下することにより、安静時の消費エネルギーがおよそ15%低下すると言われています。そのため体重が増え体温が低下するなどの症状がみられます。特に寒い地域では低体温に注意する必要があります。

皮膚の変化

毛包の周期(ヘアサイクル)が停止してしまうことにより、徐々に脱毛が進行します。特に、体幹部の脱毛と尻尾の脱毛が目立ちます。そしてまれに、尻尾の毛が全て抜けてしまってネズミの尻尾みたいになることがあり、「ラットテール」と呼ばれます。甲状腺機能低下症による脱毛の場合には、痒みが無いのが特徴です。

また、肌が黒くなる色素沈着がみられたり、被毛が脂っぽくなることもあります。

皮膚の免疫機能異常

皮膚の免疫機能に障害が起こり、膿皮症ニキビダニ症の発生が増加します。そして、これらの皮膚病の治りが悪くなります。

ムコ多糖沈着

代謝が悪くなることにより、ムコ多糖という物質が皮下に沈着します。皮膚がたるんで見えますが、押しても圧痕が残らないので「非圧痕性浮腫」と呼ばれます。元気がない上に、皮膚がたるんでくるために、犬の表情が悲しそうに見えてきます。これを悲観的顔貌と呼びます。

甲状腺機能低下症の診断

血液検査では、総コレステロールや中性脂肪などの増加(高脂血症)軽度の貧血がみられます。また、ホルモン検査で甲状腺のホルモン濃度の値を確認していきます。

甲状腺機能検査として、サイロキシン(T4)、遊離サイロキシン(T4)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)の血中濃度を測定します。甲状腺機能低下症の場合には、T4およびfT4は検出限界以下に低下していることが多いです。

また、負のフィードバック(ホルモンの量が多くなるとホルモン産生を抑制せよという生体内での働き)が欠如することにより、TSHは増加していることが多いです。ただし、TSHの増加が見られない場合でも甲状腺機能低下症は除外できません。

甲状腺機能低下症の診断において最も問題となるのが偽甲状腺機能低下症(ユウサイロイドシックシンドローム:Euthyroid Sick Syndrome)です。これは、併発疾患や投薬などによって血中ホルモン濃度が低下する現象のことで、誤診の原因となりやすいので注意が必要です。

偽甲状腺機能低下症は、併発疾患(特に全身性疾患、消耗性疾患)、薬剤(プレドニゾロン、フェノバルビタールなど)、全身麻酔外科手術などが引き起こす可能性があるとされています。一般にfT4はT4に比べてこれらの影響を受けにくいとされていますが、影響を全く受けない訳ではありません。

甲状腺機能低下症の治療

治療は不足している甲状腺ホルモンを補ってあげることです。甲状腺ホルモン製剤(成分名:レボチロキシン、商品名:チラージン(人用)、レベンタ(犬用)など)を毎日与えることによって、すぐに元気が良くなることが多いでしょう。体重も少しずつ減っていくことが多いです。ただし脱毛などの皮膚の症状や神経症状は、改善するには時間がかかることが多いと言われています。

▲犬甲状腺機能低下治療薬レベンタ(出典元:MSD Animal Health

治療を開始したら、定期的な血液検査が必要となります。これは、血液中のT4を投薬後4~6時間後に採血して測定します。その結果が、基準範囲の中央から基準範囲の上限よりやや高い値が理想であるとされています。ただし、これは動物の状態を見ながら判断する必要があります。

甲状腺機能低下症では壊れてしまった甲状腺を元に戻すことはできないため、生涯に渡る投薬治療が必要になります。

予後

適切に甲状腺ホルモンの投薬が行われていれば、犬は長生きが可能です。

まとめ

犬の甲状腺機能低下症について解説しました。この病気は、早期に診断し治療を開始することが大切なので、なんとなく元気がない、食べる量が変わらないのに体重が増えてきたそして体の毛が薄くなってきたなどの甲状腺機能低下症のサインに気付いたら、動物病院を受診するようにしましょう。