動物病院で血液検査を受けた際、「ナトリウム」「カリウム」「クロール」という言葉を見かけて戸惑ったことはありませんか?
この記事では、犬の血液検査で重要な電解質(Na・K・Cl)について、愛犬の健康管理に役立つよう、わかりやすく丁寧に解説します。
愛犬の血液検査の結果を片手に、ぜひ最後までお読みください。
- 電解質の正常値は、検査機器や検査会社によって異なるため、必ず検査結果に記載された基準値を参照しましょう。
- 検査結果が基準値から外れていても、すぐに病気と断定されるわけではありません。必ず担当の獣医師に詳しく説明を受けてください。
電解質とは
電解質とは、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、クロール(Cl)など、水に溶けることで電気を帯びたイオンになるミネラルを指します。
これらは、体内で次のような重要な役割を果たしています。
- 細胞内外の浸透圧を調整する
- 筋肉や神経の正常な働きを保つ
- 体液のバランスを維持する
電解質の量が多すぎても少なすぎても、体はうまく機能しません。異常が重度の場合は命にかかわることもあるため、血液検査でしっかりチェックすることが重要です。
ナトリウム(Na)とは
ナトリウムは、体内の水分バランスを調整するうえで中心的な役割を果たす重要な電解質です。体液の浸透圧を維持する働きがあり、細胞の内と外で水分の移動をコントロールすることで、細胞の正常な機能を支えています。
日常的には食塩(塩化ナトリウム)として体内に取り込まれており、腎臓がナトリウムの量を細かく調節することで、常に適切な濃度が保たれています。
このナトリウムの再吸収や排泄の調節には、複数のホルモンが密接に関与しています。
まず、「アルドステロン」というホルモンは、副腎皮質から分泌され、腎臓に働きかけてナトリウムの再吸収を促進します。これによって、体内にナトリウムが保持され、血中ナトリウム濃度が上昇します。
一方で、「バソプレッシン(抗利尿ホルモン)」は、脳の下垂体後葉から分泌され、腎臓での水の再吸収を増やす作用があります。尿量が減少し、体内の水分が増えることで、相対的にナトリウム濃度は低下する方向に働きます。
このように、ナトリウムと水分のバランスは、アルドステロンがナトリウム量を、バソプレッシンが水分量を調整することで絶妙にコントロールされています。
しかし、脱水や過剰な水分摂取、あるいはこれらホルモンの異常分泌などによってこのバランスが崩れると、血液中のナトリウム濃度が高くなったり、逆に低くなったりする状態が生じます。
このナトリウム濃度の変動は、脱水症状やむくみ、神経症状などを引き起こす原因となるため、血液検査での評価が非常に重要です。
検査会社 | 基準値 |
---|---|
富士フィルムモノリス | 141~151mEq/l |
アイデックス(成犬) | 144~160mEq/l |
ナトリウム(Na)高値の原因
ナトリウム高値は、血液中の水分の欠乏やナトリウムの過剰摂取が原因となるほか、稀な病気として原発性高アルドステロン症によっても引き起こされます。
ナトリウム(Na)高値の原因 |
下痢 嘔吐 過剰なパンティング 尿崩症 副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群) ナトリウムを含む輸液の過剰 |
ナトリウム(Na)低値の原因
ナトリウム低値は、血液中の水分の過剰やナトリウムの喪失過剰が原因となるほか、検査機器の問題として高脂血症や高蛋白血症の場合、検査結果が実際よりも低く出ることがあります。
ナトリウム(Na)低値の原因 |
ネフローゼ症候群 肝硬変(腹水) バソプレッシン(抗利尿ホルモン)の分泌過剰 代償性低Na血症(高度の高血糖、高BUN血症など) 副腎皮質機能低下症(アジソン病) 甲状腺機能低下症 検査機器の問題(高脂血症、高蛋白血症など) |
カリウム(K)とは
カリウムは、体内で主に神経や筋肉(特に心臓)の正常な活動を維持するために不可欠な電解質です。
ナトリウムと対を成す形で、細胞膜を挟んだ電位差(細胞内外の電気的なバランス)を保つ働きを担っています。これにより、神経の興奮伝達や筋肉の収縮といった生命維持に直結する機能が正常に行われています。
カリウムはほとんどが細胞内に存在しており、細胞外にわずかしか存在しないため、血液中のカリウム濃度は非常に厳密にコントロールされています。このため、血中カリウム値が少しでも正常範囲を逸脱すると、体に大きな影響が及びます。
特に、カリウム異常は心臓の働きに直結するため、注意が必要です。
- 高カリウム血症(カリウム高値)
血中カリウム濃度が過剰に上昇すると、心臓の電気的興奮伝導が乱れ、不整脈や心停止といった重篤な状態を引き起こすリスクが高まります。特にカリウム濃度が8.5 mEq/Lを超えると、P波の消失、徐脈、心室細動など、致死的な心電図変化が現れることがあります。 - 低カリウム血症(カリウム低値)
一方、カリウム濃度が不足すると、神経や筋肉の活動が抑制され、筋力低下、けいれん、意識障害などの症状がみられます。重度になると、心臓の収縮力低下や致死的な不整脈を招くこともあります。
このように、カリウムはわずかな濃度変化でも全身に重大な影響を及ぼすため、血液検査での正確なモニタリングと迅速な対応が極めて重要です。
検査会社 | 基準値 |
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富士フィルムモノリス | 3.5~5.4 mEq/l |
アイデックス(成犬) | 3.5〜5.8 mEq/l |
カリウム(K)高値の原因
カリウム高値は、腎臓の機能が低下し尿量が少なくなることが原因となります。これは、体内の余分なカリウムは尿中に排出されるので、尿量が低下するとカリウムの排出が上手くいかなくなるためです。また、輸血やカリウムを多く含む輸液を行った場合にも見られることがあります。
そして、赤血球内にも多量のカリウムが含まれているため、溶血によってもカリウムが高値を示すことが知られています。
カリウム(K)高値の原因 |
副腎皮質機能低下症(アジソン病) 急性腎不全 慢性腎臓病 糖尿病 組織壊死(外傷や火傷など) カリウムの過剰投与 赤血球の溶血 アシドーシス |
カリウム(K)低値の原因
カリウム低値は、嘔吐や下痢の時に水分と一緒にカリウムも体外に排出されてしまうことが原因となります。また、利尿剤などの内服で尿量が増加したときや、腎臓からカリウムが異常に失われる疾患(副腎皮質機能低下症など)で低値となります。
カリウム(K)低値の原因 |
嘔吐 下痢 多尿(利尿剤投与時など) 副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群) カリウム摂取不足 代謝性アルカローシス 糖尿病性アシドーシスの回復期 肝硬変 ネフローゼ症候群 本態性高血圧 |
クロール(Cl)とは
クロールは、体内の電解質の中でもナトリウムと密接な関係を持ち、浸透圧や酸塩基平衡(pHの維持)を調整する重要な役割を担う電解質です。
ナトリウムと共に食塩(塩化ナトリウム)として摂取され、体内では常に一緒に動くことで、細胞内外の水分バランスや血液のpH(酸性・アルカリ性の度合い)を正常に保っています。
一般的には、ナトリウムの濃度が上昇または低下すると、それに合わせてクロールも同じように変動するのが通常です。
しかし、状況によってはクロールだけが異常値を示すケースもあり、これが診断上のポイントになることもあります。
特に注意が必要なのは、以下のようなケースです。
- 嘔吐による胃液(胃酸)の喪失
胃液には塩酸(HCl)が含まれており、これにはクロールが豊富に含まれています。嘔吐を繰り返すことで胃酸が大量に失われると、結果として血液中のクロール濃度が低下し、低クロール血症が引き起こされます。この場合、同時に代謝性アルカローシスと呼ばれる状態になることが多く、全身のバランスに影響を与えます。 - 臭化カリウムの投与中
臭化カリウムはてんかん治療などで使われることがありますが、臭化物イオンはクロールと同じ試薬で反応するため、検査上は見かけ上クロールが高く出る(偽高値)場合があります。この場合、実際に体内のクロール濃度が高いわけではありませんが、検査値としては高値となるため、注意が必要です。
このようにクロールは、ナトリウムと同様の動きを示す一方で、単独で異常を示す場面もあり、原因を正しく読み解くことが重要です。
特に嘔吐などの脱水状態や薬剤の影響による見かけ上の異常値は、診断や治療の際に見落とさないよう注意が必要です。
検査会社 | 基準値 |
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富士フィルムモノリス | 107~121 mEq/l |
アイデックス(成犬) | 109~122 mEq/l |
クロール(Cl)高値の原因
クロールの高値は、電解質より水分が多く失われることが原因として考えられます。
ナトリウム(Na)高値の原因 |
下痢 嘔吐 過剰なパンティング 尿崩症 副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群) クロールを含む輸液の過剰 見かけ上の高値(臭化カリウム) |
クロール(Cl)低値の原因
クロールの低値は、水分より電解質が多く失われることが原因として考えられます。また、嘔吐による胃液(胃酸)の喪失に伴う代謝性アルカローシスも、原因として考えられます。
ナトリウム(Na)低値の原因 |
ネフローゼ症候群 肝硬変(腹水) バソプレッシン(抗利尿ホルモン)の分泌過剰 代償性低Na血症(高度の高血糖、高BUN血症など) 副腎皮質機能低下症(アジソン病) 嘔吐(胃酸の喪失) 代謝性アルカローシス |
まとめ
犬の電解質(Na・K・Cl)は、水分・電解質バランス、筋肉・神経の働き、体内の酸塩基平衡を維持する上で欠かせない存在です。
これらが正常範囲を外れると、脱水や重度の疾患、命に関わる不整脈などを引き起こす可能性があるため、血液検査での評価が非常に重要です。
特に電解質異常は、単なる数値だけでなく「水分と電解質の失われ方(高張性、等張性、低張性脱水)」を考慮して診断する必要があります。
また、ナトリウムやクロールは脱水や体液の移動と密接に関わり、カリウムは特に心臓や筋肉の健康と直結するため、異常があった場合には早急な原因追及と治療が必要です。
検査結果で不安な点がある場合は、自己判断せず、必ずかかりつけの獣医師に相談しましょう。