犬の慢性腎臓病を丁寧に解説

この記事では、犬の慢性腎臓病について原因、症状、診断そして治療を、現役獣医師が解説しています。

対象読者
  • 動物病院で慢性腎臓病と診断されたor疑われている犬の飼い主
  • 血液検査で血中尿素窒素(BUN)やクレアチニン(Cre)が高値だった犬の飼い主
  • 犬の慢性腎臓病について知りたい獣医学生や動物看護師

最後まで読むだけで、慢性腎臓病について誰にでもすぐに理解できるように作成しているので、是非一度目を通していただけると嬉しいです。

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慢性腎臓病とは

腎不全とは、腎臓の機能が低下した状態をいいます。腎不全には、急激に腎臓の機能が低下する急性腎不全(急性腎障害)と、数か月から数年の長い年月をかけて腎臓の働きがゆっくりと悪くなる慢性腎臓病慢性腎不全)があります。

急性腎不全は適切な治療を行えば腎機能回復の可能性がありますが、慢性腎臓病になると腎臓の機能の回復は見込めません。腎臓の機能はいちど失われると、回復することがない場合が多いです。

腎臓の働き

腎臓は腰のあたりに左右に2個存在する臓器で、代表的な働きは体液のバランスを一定に保つため、血液をろ過して尿という形で老廃物や水分などを排泄することです。

犬の慢性腎臓病(慢性腎不全)は、「両側あるいは片側の腎臓の機能的及び/あるいは構造的な異常が3ヶ月以上継続している状態」と定義されています。これは腎臓が3ヶ月以上の継続するダメージを受けると、その機能がもとに戻らないという根拠に基づいています。

近年では、慢性腎不全よりも慢性腎臓病という言葉が、用いられることが多いようです。

慢性腎臓病は、早期に診断し治療することで、生存期間や生活の質(QOL)が改善できることが明らかになっています。特に、食事療法は初期の慢性腎不全にも有効性が示されています。

食事療法とは

食事の量や成分を増減させることで病気の改善を目指します。病気の治療目的や臓器の保護目的で行われます。

慢性腎臓病の原因

さまざまな腎臓の病気が原因となって、腎臓の障害が慢性的に進行することで発症します。

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慢性腎臓病の症状

慢性腎臓病には、腎・泌尿器疾患の専門家グループ(IRIS: International Renal Interest Society)が提唱した、国際的な慢性腎臓病ガイドラインの病期(ステージ)があります。

この病期(ステージ)は、血液検査のクレアチニン(Cre)値により分類されます。また、サブステージとして、尿中蛋白クレアチニン比(UPC)収縮期血圧があります。

ステージCre(mg/dl)残存機能症状
ステージ1<1.433%非窒素血症、糸球体濾過量の減少、低比重尿
ステージ21.4~2.025%軽度の窒素血症
ステージ32.1~5.010%尿毒症症状
ステージ4>5.05%生命維持に透析ないし腎移植が必要
▲犬の慢性腎臓病の病期(ステージ)
尿中蛋白クレアチニン比(UPC)
非蛋白尿<0.2
境界的な蛋白尿0.2~0.5
蛋白尿>0.5
▲蛋白尿に基づくサブステージ
収縮機血圧
正常<150
境界的な高血圧150~159
高血圧160~170
重度の高血圧≧180
▲血圧に基づくサブステージ

腎臓の障害が進行するに従って尿量・飲水量の増加体重減少食欲不振などが徐々に進行するようになります。

ステージ3になると、体内の不要な物質を尿から排泄できなくなり尿毒症の症状が出始めます。そのため、さらに体重減少や食欲不振は進み、元気もなくなってきます。

尿毒症とは

腎臓の働きが極度に低下して起こる全身の変化のことで、食欲不振や体重減少さらに筋肉の低下や嘔吐などの消化器症状などのさまざまな症状がみられます。

ステージ4に入ると、痙攣や昏睡などの神経症状が見られることもあり、最終的には尿が全く出なくなってしまいます。

慢性腎臓病の診断

血液検査を行い、高窒素血症(血中尿素窒素(BUN)とクレアチニン(Cre)の高値)が存在すれば、慢性腎臓病が疑われます。

慢性腎臓病が疑われた場合には、その原因を探るためにレントゲン検査超音波検査を行います。レントゲン検査では、腎臓の大きさや形や尿路結石の有無を、超音波検査では、腎臓の構造を確認します。

精密検査として、腎臓の生検を行い病理組織学的検査を実施する場合もあります。

慢性腎臓病の場合には、サブステージ分類のために尿検査そして血圧の測定が必要となります。

腎臓病の早期発見に役立つバイオマーカー

長年、犬や猫の腎臓病は早期発見が難しいことが課題でした。それは、クレアチニン(Cre)などの血液検査では、腎臓の機能の約75%が失われないと異常が検出できないからです。

近年、アイデックスラボラトリーズ株式会社で、腎臓の新しいバイオマーカーとしてSDMA(対称性ジメチルアルギニン)が測定可能になりました。これは、腎臓の機能の異常を早期に検出できるとされています。

具体的な特徴として、①ほぼ全てが腎臓からの濾過により排泄されるため、糸球体濾過率(GFR)の優れた指標となる、②クレアチニン(CRE)は腎機能が75%喪失するまで上昇しないのに対し、SDMAは腎機能が平均40%喪失した時点で上昇する、③クレアチニン(CRE)と違い筋肉量に影響されないため、痩せた犬猫(例えば高齢や悪液質)であっても、より正確にGFRを反映することが挙げられます。

前述の国際的な慢性腎臓病ガイドラインにもSDMAの測定が推奨されており、特に痩せた犬猫では、これに基づいた治療の変更も考慮するとされています。

SDMAの測定は、各動物病院で血液を採取することで可能です。

慢性腎臓病の治療

慢性腎臓病は、治ることはありませんが適切な治療を行うことで生存期間の延長生活の質(QOL)の向上が期待できます。

また、治療は長期に及ぶことが多いため、治療については費用なども含めよく考えるようにしましょう。

ステージ1〜2

ステージ1の犬では食事療法が重要です。市販の食事から療法食への変更を行います。特に、リンの制限が重要となってきます。

食事療法とは

食事の量や成分を増減させることで病気の改善を目指します。病気の治療目的や臓器の保護目的で行われます。

▲犬用腎臓病療法食の例(出典元:ロイヤルカナン

もし高リン血症が持続する場合は、リンの排泄促進剤(商品名:レンジアレンなど)を投与することもあります。

▲リン吸着製品レンジアレン(出典元:エランコジャパンHP

また脱水を起こさないように、新鮮な水がいつでも飲めるようにすると良いでしょう。さらに脱水が持続するときには、点滴を行うこともあります。

尿蛋白に基づくサブステージで、持続的蛋白尿(UPC>0.5)がみられる場合には、腎臓療法食および投薬による治療を行います。

血圧に基づくサブステージで、収縮期血圧が160以上または網膜出血や網膜剥離などの臓器障害がみられる場合には、高血圧の治療を行います。

ステージ3〜4

これまでの治療に加えて、嘔吐があれば吐き気止めの投与や貧血の悪化があれば人組み替えエリスロポエチンの注射(商品名:ダルベポエチンなど)を行い、さらに静脈や皮下での点滴をより積極的に行なっていきます。

▲持続型赤血球造血刺激因子製剤の例(出典元:株式会社三和化学研究所

理論的には、最終手段は人工透析や腎移植なのですが、実際問題としての選択肢としては厳しいです。

まとめ

犬の慢性腎臓病について解説しました。中年齢以降の犬で比較的よく見られる病気ですが、早期に診断し治療することで、生存期間や生活の質(QOL)が改善できます。腎臓病用の療法食に変更することはステージ1から推奨されており、特別な治療ではなくご家庭での食事の管理による治療が可能です。

シニアになったら定期的な健康診断を受けるようにしましょう。特にSDMAの測定は、慢性腎臓病の早期発見に役立つかもしれません。