犬の腸リンパ管拡張症を丁寧に解説

この記事では、犬の腸リンパ管拡張症について原因、症状、診断そして治療を、現役獣医師が解説しています。

対象読者
  • 動物病院で腸リンパ管拡張症と診断されたor疑われている犬の飼い主
  • 長期間の下痢が続いて悩んでいる犬の飼い主
  • 血液検査で低アルブミンがみられた犬の飼い主
  • 犬の腸リンパ管拡張症について知りたい獣医学生や動物看護師

最後まで読むだけで、腸リンパ管拡張症について誰にでもすぐに理解できるように作成しているので、是非一度目を通していただけると嬉しいです。

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腸リンパ管拡張症とは

腸リンパ管拡張症は、消化管や腸間膜のリンパ管からリンパ液が漏出したりリンパ管が破裂する病気です。犬の蛋白漏出性腸症の主な原因のひとつです。

リンパ系とは

リンパ系とは、リンパ液と呼ばれる清明な液を運搬する導管ネットワークであり、リンパ液が通過するリンパ節などのリンパ組織もこれに含まれます。

リンパ系には3つの働きがあります。①組織から組織液を取り除く働き、②吸収された脂肪酸と脂質を乳糜(にゅうび)として循環系まで運ぶ働き、③単球や抗体産生細胞などのリンパ球をはじめとする免疫細胞を産生する働きです。

腸リンパ管拡張症は、次のような経過をたどり、低タンパク血症低コレステロール血症が発生します。

  1. 消化管や腸間膜のリンパ管が異常に拡張する
  2. リンパ菅の流れが悪くなる
  3. リンパ液が漏出したりリンパ管が破裂する
  4. タンパクや脂質などを豊富に含んだリンパ液が消化管内に漏出する
  5. 低タンパク血症や低コレステロール血症を引き起こす

好発犬種として、以下の犬種が報告されています。しかし、どの犬種でも発症します。

ヨークシャーテリア、マルチーズ

原因

腸リンパ管拡張症の原因は、原発性続発性があります。ただし、明確に両者を区別するのが難しい場合もあります。

原発性腸リンパ管拡張症

正確な原因は不明ですが、先天性のリンパ管の奇形が考えられています。

続発性腸リンパ管拡張症

以下の疾患に続発すると考えられています。

  • 炎症性腸疾患(IBD)などの消化管の炎症
  • リンパ腫などの腫瘍によるリンパ管の閉塞やリンパ節腫大
  • 右心不全や門脈圧亢進症などによる静脈血圧の上昇
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腸リンパ管拡張症の症状

慢性の下痢、体重減少、腹水の貯留が典型的な症状です。しかし、下痢などの消化器症状が全くみられない場合も存在します。

さまざまな基礎疾患によってリンパ液の流れが悪くなると、消化管や腸間膜のリンパ管圧が拡張し、消化管内に蛋白や脂質などを豊富に含んだリンパ液が漏れ出します。

この消化管内の漏れ出たタンパクの量が、再吸収量を上回ると低タンパク血症となります。

さらに、消化管や腸間膜のリンパ管が破裂すると、リンパ液に対する炎症反応が起きてしまいます。この炎症反応が、より一層リンパ液の流れを悪くするという悪循環となってしまいます。

腸リンパ管拡張症の診断

腸リンパ管拡張症は、血液検査、超音波検査、内視鏡検査と病理組織学的検査を行います。

血液検査では、低タンパク血症低アルブミン血症低コレステロール血症がみられます。

犬の蛋白質(TP)の異常を丁寧に解説
総蛋白(TP)とは、血清中に含まれている蛋白の総称です。蛋白はアルブミンとグロブリンで構成されており、ほとんどが肝臓で合成されています。総蛋白の異常は、アルブミンとグロブリンそしてA/G比を同時に評価することで、何が原因かを概ね推定することが可能です。
犬のアルブミン(Alb)の異常を丁寧に解説
アルブミンは脱水以外の理由で病的に増加することは無いとされるため、基本的にはアルブミンの低下のみが問題となります。血清中のアルブミン濃度が、正常値より低下することを低アルブミン血症といいます。低アルブミン血症は、肝臓でのアルブミンの合成能低下、尿などへのアルブミンの喪失、そして飢餓などの栄養失調によるアルブミン原料の不足などが原因となります。
犬の総コレステロール(T-cho)の異常を丁寧に解説
総コレステロールとは、血液中に含まれる全てのコレステロール(HDLコレステロールやLDLコレステロールを含めた)の総量のことです。高コレステロール血症の原因として、コレステロール生成の増加、脂肪の分解またはリポ蛋白の血管内処理の減少、そして遺伝などが考えられます。総コレステロール値の低値は、甲状腺機能亢進症、アジソン病、肝障害などの病気に続発性して起こることがあります。

超音波検査では、小腸粘膜層の「高エコー線状パターン」がみられると典型的です。これがみられた場合、腸リンパ管拡張症の可能性が強く疑われます。

また、蛋白漏出性腸症を引き起こすその他の原因(例えば、消化管型リンパ腫など)をみつける場合もあります。そのため、超音波検査は実施が推奨されます。

腸リンパ管拡張症を疑った場合には、内視鏡検査実施時に生検を行い、病理組織学的検査を行います。これが、腸リンパ管拡張症の確定診断となります。

低タンパク血症を引き起こす他の病気にも、注意が必要です。

低タンパク血症の原因

出血による喪失
広範囲の皮膚の浸出性病変
腸からの漏出腸(リンパ管拡張症など)
腹水や胸水の貯留
過剰輸液
肝不全
腎臓からの漏出(ネフローゼ症候群など)
栄養の吸収不良や消化不良
飢餓による栄養失調
先天性/後天性免疫異常


※滲出性病変:急性炎症の時にみられる炎症

腸リンパ管拡張症の治療

腸リンパ管拡張症の治療は、原発性と続発性で異なります。原発性腸リンパ管拡張症では、対症療法を行います。続発性腸リンパ管拡張症では、基礎疾患に対する治療対象療法を行います。

対症療法として、以下の治療を行います。

食事療法

良質なタンパク質を含んだ低脂肪食が基本です。

食事中の脂肪(特に長鎖グリセリド)はリンパ流量を増やし、リンパ液の漏出を増加させるので、症状を悪化させてしまいます。そのため、脂肪を制限した食事が推奨されます。

食事療法には、市販の療法食家庭調理食の2種類があります。療法食や他の治療に対する反応が悪い場合には、家庭調理食の超低脂肪食を試す価値があります。

  • 市販の療法食:低脂肪療法食が販売されています。栄養のバランスが調整されているおり、使い勝手が良いです。
  • 家庭調理食:自家製の超低脂肪食の例として、鳥ササミ肉とジャガイモの組み合わせがあります。ただし、この超低脂肪食は栄養学的な基準を満たしていないため、長期給与する場合にはビタミンやカルシウムなどの欠乏に注意が必要となります。

グルココルチコイド(ステロイド)

食事療法のみで改善がみられない場合、グルココルチコイド(ステロイド)の投与を検討します。

投薬により改善がみられた場合、徐々に薬の量を減らして行きます。ひとつの目安として、2~4週間毎に25~50%ずつ減量していきます。

しかし、完全に中止するまでには至らない場合が多いです。

腹水に対する治療

低アルブミン血症では、浮腫(むくみ)、腹水、胸水といった症状がみられます。これは、血液の浸透圧が維持できないため、血液中の液体成分が血管の外に出てしまうためです。

具体的には、血清アルブミンが1.5 g/dl以下になると、これらの症状があらわれます。

症状を引き起こす程度に貯留液がある場合には、利尿剤を使用したり、直接穿刺を行い腹水や胸水を抜去します。

輸血

血液中のタンパクが減少しているので、タンパクを輸血で補うという考え方があります。しかし、実際には輸血を行ってもタンパクの値の増加はほとんどみられないとされています。

このように、費用に見合う効果が得られないので、推奨されていません。

抗血栓療法

蛋白漏出性腸症は、血栓塞栓症の合併症を発症することがあります。そのため、腸リンパ管拡張症でも血栓塞栓症の合併症を発症することがあり得そうです。

しかし現在のところ、腸リンパ管拡張症での血栓塞栓症に対する予防的治療の必要性は、結論が出ていません。

その他の治療

食事療法とグルココルチコイド(ステロイド)による治療を行っても改善がみられない場合には、免疫抑制剤の投与を検討します。

低コバラミン血症が見られた場合には、注射などでコバラミンを投与することがあります。

予後

腸リンパ管拡張症の長期予後は様々ですが、症状のコントロールのために長期的なあるいは生涯にわたる治療が必要な場合が多いです。

消化器症状や体重減少が重度な場合、治療に対する反応が悪い場合には生存期間が短い可能性が示唆されています。

まとめ

犬の腸リンパ管拡張症について解説しました。蛋白漏出性腸症の主な原因の一つであり、血液中の液体成分が血管の外に出てしまい、浮腫、腹水、胸水といった症状を呈することもある病気です。

この病気はお薬の治療が中心となることも多いですが、場合によっては自家製の超低脂肪食が必要となるかもしれません。

消化器症状や体重減少が重度、治療に対する反応が悪い場合には、生存期間が短い可能性がありますので、十分な注意が必要です。