犬の乾性角結膜炎(KCS)

乾性角結膜炎は、人のいわゆる”ドライアイ”に相当する病気であり、涙の量や性質が低下することで、角膜や結膜の環境が悪くなる病気です。そして、名称から目が乾く病気をイメージしがちですが、涙は出ているものの蒸発が早く、目にとどまらない場合もドライアイです。

特定の犬種で多くみられる、犬の乾性角結膜炎について解説します。

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犬の乾性角結膜炎とは

涙は角膜表面を常に湿潤に保つことで、乾燥や異物などの外的刺激から角膜を保護するとともに、角膜の透明性や局面を正常に維持し、角膜の光学的特性を保持する働きがあります。その他に異物や病原微生物に対するバリアー機構として機能し、角結膜への栄養供給や角結膜上皮の恒常性の維持に必要不可欠です。

涙は角結膜側から順に、粘液層、水層、脂質層の三層で構成されています。粘液層は、ムチン(糖蛋白)で構成され、角結膜上皮細胞が細胞表面に発現する膜結合型ムチンと結膜杯細胞から分泌される分泌型ムチンとに分けられ、粘液層の主となるのは分泌型ムチンです。膜結合型ムチンは、疎水性の上皮細胞表面に親水性のムチン層を提供することにより、その上の水層を角膜表面に広く拡散する役割を担います。また粘液層は、上皮細胞を異物や病原微生物から保護する役割を持ちます。水層は、眼窩涙腺(主涙腺)と第三眼瞼腺(副涙腺)より分泌される水成分です。涙の分泌には平常時に分泌される基礎分泌と外的刺激によって分泌される反射性分泌とがありますが、反射性分泌における涙液量の増加は、主にこの主涙腺からの水層の増加によるものです。脂質層はマイボーム腺から分泌され、その下の水層の蒸発を遅らせる役割があります。

乾性角結膜炎は、涙の欠乏によって起こる角膜および結膜の炎症性疾患です。通常は、水層の欠乏ですが、粘液層の欠乏も原因であると考えられています。水層の欠乏により炎症を生じた角結膜上皮細胞は、扁平上皮化性を生じた上皮細胞は膜結合型ムチンを発現することができず、粘液層は角結膜表面に接着することができなくなるため、涙膜の不安定化を招きます。このことが角結膜上皮のさらなる状態の悪化を招きます。

犬の乾性角結膜炎
涙の欠乏によって起こる角膜および結膜の炎症性疾患

原因

犬の乾性角結膜炎でみられる水層の低下や欠如は、単一の疾患または複数の病態が絡み合って発症すると考えられています。

先天性腺房形成不全

小型犬種(ヨークシャーテリア、チワワ、パグなど)にみられます。通常は片眼性で、極度の乾燥が特徴的です。

薬物誘発性

サルファ剤の全身投与やアトロピンの局所投与、麻酔などが原因となります。比較的短期間の投与であれば、通常は一過性であり、投薬を中止することで涙腺の機能は回復します。

感染性

ジステンパーウイルスが、涙腺炎の原因となることが知られています。

神経性

主涙腺と副涙腺は、交感神経と副交感神経の二重支配を受けています。副交感神経が優位に作用している時は腺分泌が促進され、交感神経が優位の時には腺分泌は抑制されます。中枢顔面神経麻痺や側頭骨における涙腺近位での神経障害では、犬で乾性角結膜炎の発症がみられ、顔面神経膝神経節より中枢での病変は、瞬目不全を伴うことがあり、乾性角結膜炎はより重度になります。

第三眼瞼腺の切除

主涙腺の機能が正常であれば、第三眼瞼の切除直後に乾性角結膜炎にはならないものの、1年後に約半数が乾性角結膜炎となったとする報告があります。このため腫瘍等の場合を除いては、第三眼瞼腺の切除は推奨されません。

内分泌性

副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)、甲状腺機能低下症糖尿病全身性エリテマトーデスなどとの関連が示唆されています。

免疫介在性

免疫介在性の腺房萎縮や腺房の線維化が、病理組織学的検査により示されています。犬の乾性角結膜炎の最も多い原因であるとされています。好発犬種として、アメリカンコッカースパニエル、ウェルシュコーギー、ブルドック、ペキニーズ、パグ、シーズー、ヨークシャテリアが挙げられます。

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乾性角結膜炎の症状

犬の乾性角結膜炎では涙の欠乏により、角結膜は急性から慢性までの様々な病変を生じます。急性例では、時に痛みを伴う、様々な深度の潰瘍性角膜炎がみられます。しかし多くの場合には、徐々に進行し、発症より数週間が経過するに連れて症状は重篤化します。通常、元気消失や食欲の低下などの全身症状はみられません。

乾性角結膜炎の初期では粘液物の分泌増加により、細菌感染が原因の角結膜炎と似たような症状がみられるので注意が必要です。症状が進行するにつれて、結膜充血は顕著となり、角膜表面は常に白〜黄色粘液膿性の分泌物で覆われるようになります。慢性例では、角膜輪部より血管新生、それに伴い炎症細胞の角膜上皮下〜固有層への浸潤により角膜の白濁や色素沈着がみられます。

症状のポイント
粘液物の分泌増加、結膜充血、角膜輪部からの血管新生、角膜の白濁や色素沈着、潰瘍性角膜炎など

乾性角結膜炎の診断

乾性角結膜炎の眼科検査として、シルマーティアーテストがあります。このシルマーティアーテストは、涙液量を測定する検査です。シルマーティアーテストには、基礎分泌と反射性分泌の合算である第1法と、点眼麻酔を用いて基礎分泌のみを測定する第2法が存在します。第1法では、≧15mm/分で正常、11~14mm/分で軽度低下、6~10mm/分で中等度低下、≦5mm/分は重度低下と判断します。

先天性を除く原因の内、薬物誘発性などのいくつかの要因は、問診により可能性を考慮します。また、感染性や内分泌性などの疑いがあれば、血液検査などの精査を行います。

その他の眼科検査として、スリットランプ(眼科用の顕微鏡)やフルオレセイン染色検査などを行います。スリットランプ では、角結膜の評価に加えて眼瞼のマイボーム腺開口部の閉塞や分泌物の停滞の有無、眼瞼の形状や十分な瞬きの反射があるかを確認します。マイボーム腺からの脂質の分泌が十分でないと流涙量に比較して角膜表面が乾燥しやすいです。眼瞼の形状として、内眼角側の眼瞼内反症は被毛が涙液に接するため、被毛の毛細管現象によって涙液の分泌があっても眼表面から漏出してしまうため涙液の貯留は少ないです。また瞬きが不十分であれば、角膜の中央部分の乾燥が進行します。角結膜の状態については、フルオレセイン染色検査の結果も合わせて評価します。

犬の乾性角結膜炎では、二次性に細菌感染を伴う場合が多いため、必要に応じ使用する抗菌薬を選択する目的で、角膜表面の培養や細胞診を実施する場合もあります。

診断のポイント
シルマーティアーテスト、スリットランプ(眼科用の顕微鏡)、フルオレセイン染色検査など

乾性角結膜炎の治療

乾性角結膜炎の治療の目標は、涙の産生を促して涙液膜を安定化させ、炎症や細菌感染そして潰瘍などを治療することです。

水層欠乏の改善

シルマーティアーテストで涙液量の低下が確認されたら、次の治療を行います。

免疫介在性では免疫抑制薬の局所投与により、ある程度涙液量の改善が期待されます。眼軟膏(商品名:オプティミューン0.2%眼軟膏など)が汎用されます。

原因が神経性の場合には、ピロカルピン(商品名:サンピロ点眼液など)などの副交感神経促進剤の投与に反応を示す場合があります。ピロカルピンは、点眼で使用すると刺激性が強く痛みや不快感を訴えることが多いので、食事に混ぜるなどの内服で投与することがあります。この場合にも、ヨダレがみられることがあります。

乾燥からの防御

角結膜を保湿するためにヒアルロン酸ナトリウム(商品名:ヒアレインミニ0.1%点眼薬など)を点眼します。

感染の防御

涙膜の欠乏により細菌等の感染に対するバリアー機構が破綻するために、二次性の細菌感染を伴う場合が多いので、角結膜の状態により抗菌薬を併用します。

眼瞼機能の改善

マイボーム腺からの脂質の分泌が停滞〜閉塞の場合でマイボーム腺炎を改善し、分泌を促す目的で使用します。これには、ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム・フラジオマイシン硫酸塩(商品名:リンデロンA軟膏など)の塗布、セファレキシンなどの抗菌薬の投与、眼瞼温庵法があります。、眼瞼温庵法とは、約38℃に加温した蒸しタオルやジェルパッドを眼瞼の上に当て、眼瞼を温めた後にマッサージを行います。目安として30~60秒を1日1~2回程度で行います。

治療のポイント
涙の産生を促し涙液膜を安定化させ、炎症や細菌感染そして潰瘍などを治療する

予後

予後は、原因によって異なります。免疫介在性の乾性角結膜炎は通常、生涯を通して治療が必要になります。一方で、例えばアトロピンや麻酔などの薬物誘発性の乾性角結膜炎などの場合には、涙の産生機能が回復するまでの期間のみ治療が必要になる場合もあります。

まとめ

犬の乾性角結膜炎について解説しました。この病気は免疫介在性が原因となる事が多く、特定の品種で発症する傾向があり、代表的な検査方法としてシルマーティアーテストがあります。

免疫介在性の乾性角結膜炎は通常、生涯を通して治療が必要になります。