犬の乳腺腫瘍を丁寧に解説

この記事では、犬の乳腺腫瘍について原因、症状、診断そして治療を、現役獣医師が解説しています。

対象読者
  • 動物病院で乳腺腫瘍と診断されたor疑われている犬の飼い主
  • 皮膚にできものができている犬の飼い主
  • 犬の乳腺腫瘍について知りたい獣医学生や動物看護師

最後まで読むだけで、乳腺腫瘍について誰にでもすぐに理解できるように作成しているので、是非一度目を通していただけると嬉しいです。

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犬の乳腺腫瘍とは

乳腺腫瘍は、乳腺に発生する腫瘍で、良性の場合と悪性の場合があります。乳腺腫瘍は、悪性と判明すると乳腺癌と呼ばれます。

乳腺とは

犬の乳腺は片側に5個(または4個)、両側で合計10個(または8個)存在します。哺乳類の乳汁を分泌する働きがある組織です。

乳腺腫瘍の良性と悪性の比率は1:1です。ただし、小型犬の方が大型犬に比べて、良性腫瘍の比率が高いです。

乳腺腫瘍は、ほとんどが雌犬でみられます。発症年齢の中央値は10~11歳です。

原因

乳腺組織には、エストロジェン受容体とプロジェステロン受容体が存在しています。それらの受容体にホルモン(エストロジェンやプロジェステロン)が結合することで、腫瘍が発生すると考えられています。ホルモンが腫瘍の発生に関係することを、ホルモン依存性といいます。

卵巣からのホルモン(エストロジェンやプロジェステロン)が、乳腺腫瘍の発生原因となります。逆にいえば、卵巣からのホルモンがなければ、乳腺腫瘍の発生は抑えることが可能です。

避妊手術を行い卵巣を摘出することで、乳腺腫瘍の発生率は以下のように低下します。

  • 未避妊犬と避妊犬の比較:未避妊犬の方が避妊犬に比べて7倍乳腺腫瘍が発生する
  • 避妊手術の時期と乳腺腫瘍の発生:避妊手術の実施時期が初回発情前で0.05%初回発情後で8%2回目発情後で26%との報告がある

肥満の若い犬では、血清エストロジェン濃度が上昇することが知られています。そのため、肥満が乳腺の腫瘍発生リスクを高める可能性が指摘されています。

ヒトと犬の乳がんの比較

人の乳がんでは、HER-2(human epidermal factor-2)というがん遺伝子が知られています。HER-2遺伝子が活性化している乳がん組織では、悪性度が高くなります。

犬の乳腺癌で調べたところ、17~29%でHER-2遺伝子の発現がみられたそうです。

ヒトの医療では、このHER-2により産生されるタンパク質の働きを抑える薬(商品名:ハーセプチン)が、治療として用いられています。

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乳腺腫瘍の症状

乳腺腫瘍の症状は、乳腺部分の皮膚(真皮や皮下組織)のできものです。乳腺腫瘍は、単発の場合もあれば複数みられる場合もあります。

犬には乳腺が片側に5個、両側で合計10個存在します。乳腺腫瘍の発生は、上から4番目(第4乳腺)と5番目(第5乳腺)が65~70%であると報告されています。

悪性乳腺腫瘍(乳腺癌)は、肺、内腸骨リンパ節、胸骨リンパ節、肝臓、骨に遠隔転移することが報告されています。

▲犬の乳腺腫瘍:乳腺の場所に複数のできものがみられる

炎症性乳癌

悪性乳腺腫瘍(乳腺癌)の中でも、特に悪性度の高いものに炎症性乳癌があります。炎症性乳癌は、真皮のリンパ管に腫瘍塞栓を形成します。

炎症性乳癌の症状は、急速増大し複数の乳腺に浸潤し、硬く、熱感があり、むくみや皮膚の赤みそして痛みがみられるのが典型的です。

乳腺腫瘍の診断

乳腺のある場所にできものをみつけた場合に、乳腺腫瘍を疑います。

診断は、針生検で行います。乳腺腫瘍での針生検は、以下のように考えられています。

  • 針生検では、乳腺腫瘍が良性か悪性かの判断は難しい
  • 乳腺の場所に発生した他の腫瘍(肥満細胞腫やリンパ腫など)の可能性を除外する目的
針生検とは

細い針で細胞を取って顕微鏡で観察する検査

レントゲン検査や超音波検査などの画像検査で、遠隔転移の有無(肺、内腸骨リンパ節、胸骨リンパ節、肝臓、骨など)を確認します。

乳腺腫瘍の大きさと悪性腫瘍の関係

乳腺腫瘍の大きさと悪性腫瘍の発生率の関係は、以下のとおりです。

  • 1cm未満の乳腺腫瘍:悪性腫瘍の発生率1%
  • 1~2cmの乳腺腫瘍:悪性腫瘍の発生率7%
  • 2~3cmの乳腺腫瘍:悪性腫瘍の発生率18%
  • 3~5cmの乳腺腫瘍:悪性腫瘍の発生率45%
  • 5cm以上の乳腺腫瘍:悪性腫瘍の発生率57%

このことは良性腫瘍が時間経過とともに、悪性腫瘍に転化しうる可能性を示唆しています。

乳腺腫瘍の治療

乳腺腫瘍の治療は、外科手術を行います。その理由のひとつとして、乳腺腫瘍は切除して病理組織学的検査を実施しないと、良性腫瘍か悪性腫瘍か判断ができないことがあります。

外科手術の方法は、腫瘍のみを切除するものから、左右の全ての乳腺を切除するものまであります。腫瘍が完全に切除されれば、治療成績に影響しないのではないかという意見もあります。

化学療法の有効性は、低いと考えられています。

化学療法とは

化学療法剤(抗がん剤、化学物質)を使って、がん細胞の増殖を抑えたり破壊したりすることによる治療

炎症性乳癌の治療

炎症性乳癌は救命が難しいため、外科手術は行いません。痛みの緩和を目的として、以下の投薬を検討します。

  • フィロコキシブ(商品名:プレビコックス)
  • パクリタキセル
▲犬用非ステロイド消炎鎮痛剤プレビコックス(出典元:日本全薬工業HP

予後

乳腺腫瘍は、腫瘍の大きさリンパ節転移が重要な予後の指標です。

  • 腫瘍の大きさ
    腫瘍の直径が3cm以下と直径3cm以上の外科術後の生存期間の比較:3cm以下で生存期間が22ヶ月、3cm以上で生存期間が14ヶ月と差がみられた
  • リンパ節転移
    リンパ節転移の有無の生存期間の比較:リンパ節転移のある場合の80%以上が6ヶ月以内に再発、リンパ節転移のない場合の再発は30%以下と差がみられた

まとめ

犬の乳腺腫瘍について解説しました。犬の乳腺腫瘍は2回目発情前の避妊手術により発生率を大幅に下げることができるので、早期の避妊手術を推奨します。

また、乳腺腫瘍は大きさやリンパ節転移の有無で生存期間が左右されますので、日頃からスキンシップでお腹のあたりを触り、しこりがないかチェックしてあげると良いでしょう。