犬のインスリノーマ(膵臓腫瘍)を丁寧に解説

この記事では、犬のインスリノーマ(膵臓腫瘍)について原因、症状、診断そして治療を、現役獣医師が解説しています。

対象読者
  • 動物病院でインスリノーマ(膵臓腫瘍)と診断されたor疑われている犬の飼い主
  • 血液検査で低血糖がみられた犬の飼い主
  • 犬のインスリノーマ(膵臓腫瘍)について知りたい獣医学生や動物看護師

最後まで読むだけで、インスリノーマ(膵臓腫瘍)について誰にでもすぐに理解できるように作成しているので、是非一度目を通していただけると嬉しいです。

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インスリノーマ(膵臓腫瘍)とは

インスリノーマは、膵臓β細胞の機能的な腫瘍で、低血糖に関連した症状を起こす病気です。

膵臓の働き

膵臓は胃の後ろにある臓器で、代表的な働きは①膵液という消化液を分泌し、その中の消化酵素で食べ物の消化を助ける、②インスリンなどのホルモンを分泌し、血糖値を一定濃度にコントロールすることです。

膵臓の内部に、ランゲルハンス島という内分泌を行う細胞があります。ランゲルハンス島の細胞はいくつかに分類され、それぞれからホルモンが分泌されます。

  • α細胞:グルカゴン
  • β細胞:インスリン
  • δ細胞:ソマトスタチン

インスリノーマは、過剰なインスリン分泌を起こす膵臓β細胞の機能的な腫瘍です。過剰なインスリン分泌により、低血糖に関連した症状を起こします。

インスリンとは

膵臓のベータ細胞から分泌されるホルモンで、血糖を下げる働きがあります

膵臓のランゲルハンス島の腫瘍で、最も多い腫瘍がインスリノーマです。

インスリノーマは、実質上全て悪性です。手術の時点で、64%が転移していると報告されています。肝臓、所属リンパ節、大網への転移が多いです。

膵臓は、解剖学的に右葉と左葉に分けられます。インスリノーマの発生頻度は、右葉と左葉ほぼ同じだと報告されています。

インスリノーマは、単発の場合が多いですが、多発する場合もあります。しかし、病変部位が肉眼で確認できない場合も存在します。

この病気はまれにみられ、中齢〜高齢犬(平均10歳)で発症が多いです。好発犬種は、中型〜大型犬です。

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インスリノーマの症状

犬のインスリノーマでは、発作が48~62%でみられます。その他に、ぐったりしている(虚脱)、運動が上手くできない(運動失調)、ふるえる(振戦)そして状況が把握できなくなる(見当識障害)などの症状がみられます。

これらの症状は、中枢神経系における低血糖低血糖誘発性のカテコラミンの放出の結果生じる症状です。

インスリノーマの症状が出る理由

まず、健康な犬が低血糖になった場合には、体は以下のように対応します。

  1. 血糖値が60mg/dlを下回る
  2. 血糖値を正常に戻すためインスリン分泌が停止する
  3. 同時に、エピネフリングルカゴンが分泌される
  4. さらに、グルココルチコイド(副腎皮質ホルモン)成長ホルモンが分泌さる。これらのホルモンは、より長く低血糖に拮抗する作用がある。

インスリノーマの犬では、さらに次のように体が反応することで症状がみられます。

  1. 腫瘍性のβ細胞が低血糖にも関わらず、インスリンを分泌し続ける
  2. 過剰なインスリンによって糖の取り込みと利用が増加し、肝臓の糖新生が低下する
  3. 中枢神経系における低血糖や低血糖誘発性のカテコラミンの放出による症状がみられる

インスリノーマの診断

インスリノーマの診断は、①低血糖に併発する高インスリン血症と、②そして膵臓での腫瘍の検出で診断されます。最終的に、病理組織学的検査を行い、確定診断を行います。

低血糖に併発する高インスリン血症

血糖値が60mg/dl以下である時に、血液検査を行い血糖値インスリン濃度同時に測定します。

低血糖時の高インスリン血症がみられると、インスリノーマの証拠となります。正常であれば、低血糖時にはインスリンの分泌が停止するからです。これのみで確定はできないものの、かなり疑いは強いです。

血糖値とインスリン濃度から算出する、修正インスリン・グルコース比(AIGR)という数値があります。この数値は、以下のように考えて行きます。

  • 30以上:インスリノーマの可能性は高い
  • 10~30:グレーゾーン
  • 10以下:インスリノーマの可能性は低い
AIGR=[血中インスリン(μU/ml)×100]÷[血糖値(mg/dl)-30]
(ただし血糖値が31mg/dl未満の時は分母を1とする)

低血糖の原因には、以下の病気があります。

血糖(Glu)低値の原因

外因性の低血糖
 インスリンの過剰投与による医原性低血糖
内因性の低血糖
 インスリン産生腫瘍(インスリノーマ)
 膵臓以外の腫瘍(肝細胞癌、リンパ腫、平滑筋肉腫など)
 敗血症
 若齢犬の低血糖(特にトイ犬種)
 狩猟犬の低血糖
 副腎皮質機能低下症(アジソン病)
 重度の肝不全
 グリコーゲン貯蔵病

膵臓での腫瘍の検出

腹部超音波検査では、インスリノーマの検出率は30~50%と報告されています。診断の補助としての役割になります。

インスリノーマの診断には、CT検査が有用です。

インスリノーマの治療

インスリノーマの治療は、緩和療法となります。インスリノーマを治癒させることは、不可能です。

緩和療法とは

苦痛の予防と緩和を行うことで、生活の質を改善する治療

緩和療法として、低血糖に対する治療外科手術化学療法を行います。

低血糖に対する治療

低血糖に対する治療として、状況に応じて以下の通り行います。

  1. 食事が可能な場合であれば、少量の食べ物を与える
  2. 発作や重度の症状がみられる場合であれば、血管内に糖の投与を行う
  3. それでも発作が持続する場合には、抗けいれん薬の投与を行う

外科手術

可能であれば、外科手術により腫瘍の摘出を行います。

すでに転移を起こしていることが多く、手術後も症状が持続したり再発します。そのため、長期的な治療が必要となります。

手術後の管理として、運動を制限して、1日に4~6回食事を少量ずつ与えます。それでも症状が出る場合には、グルココルチコイド(副腎皮質モルモン)の投与を行います。

化学療法

化学療法として、抗がん剤(ストレプトゾトシン)を使用する場合があります。この抗がん剤には、選択的に膵臓のβ細胞を破壊する作用があります。

化学療法とは

化学療法剤(抗がん剤、化学物質)を使ってがん細胞の増殖を抑えたり、破壊したりすることによる治療

予後

手術によって、生存期間は延長します。手術を行なった場合の生存期間の中央値は、12ヶ月と報告されています。

手術時に転移病変が認められた犬では、1年以上生存する確率は20%との報告もあります。

まとめ

犬のインスリノーマについて解説しました。インスリノーマは、発見した際にすでに転移していることが多い、厄介な病気です。

そのため、長期的な治療が必要になることが多いので、獣医さんとよく相談し低血糖を起こさない為の治療を続けましょう。