動物病院で血液検査を受けた際、カルシウム(Ca)の数値が正常値を外れていると言われ、戸惑った経験はありませんか?
カルシウムの異常は、体にさまざまな影響を及ぼす可能性がありますが、必ずしもすぐに深刻な病気というわけではありません。
この記事では、犬の血液中のカルシウムが高い・低い場合に考えられる原因やその仕組みについて、獣医師がわかりやすく解説します。
なお、正常値は検査機関や測定方法によって異なります。必ずお手元の検査結果に記載されている基準範囲をご参照ください。
・正常値は使用する検査機器や検査会社によって異なります。必ず検査結果用紙に記載された基準値を参照してください。
・検査結果が基準値を外れていても、必ずしも病気を意味するわけではありません。必ず担当獣医師の説明を受けましょう。
カルシウム(Ca)とは
血液検査で示される「カルシウム」は、一般的に**総カルシウム濃度(Total Calcium)**を指します。これは血清中に存在するカルシウム全体の値で、次の3つの形態に分類されます。
- イオン化カルシウム(約45〜50%)
→ 生体内で直接的に働く活性型のカルシウムで、筋肉の収縮や神経伝達、血液凝固などに重要な役割を担っています。 - 蛋白結合カルシウム(約40〜45%)
→ 主にアルブミンなどの血清蛋白と結合しており、生理的には不活性ですが、総カルシウム値に大きく影響します。 - その他の結合カルシウム(5〜10%)
→ リン酸やクエン酸と結びついたカルシウムで、こちらも活性は限定的です。
このように、総カルシウム値には実際に生体内で働くカルシウム(イオン化カルシウム)だけでなく、蛋白質やその他物質と結合した不活性なカルシウムも含まれています。
カルシウムの調節メカニズム
血液中のカルシウム濃度は、生命活動を維持するために非常に厳密に調整されています。この調整を行う中心的なホルモンが、**副甲状腺(上皮小体)から分泌される副甲状腺ホルモン(PTH)**です。
- 血中カルシウムが低下した場合
→ PTHの分泌が促進され、骨からのカルシウム動員、腎臓でのカルシウム再吸収促進、腸からの吸収促進(ビタミンD活性化による)などを通じて血中カルシウムを上昇させます。 - 血中カルシウムが上昇した場合
→ PTHの分泌は抑制され、過剰なカルシウムの動員や再吸収が防がれます。
また、このPTH以外にも以下の因子がカルシウム濃度の調整に関与しています。
- PTH関連ペプチド(PTHrP)
→ 腫瘍などによって産生され、PTHと似た作用を示します。 - ビタミンD
→ 腸管からのカルシウム吸収を高める働きがあります。 - 破骨細胞活性化因子
→ 骨吸収を促進し、血中カルシウム濃度を上げる作用を持ちます。
このように、複数のホルモンや因子が相互に作用しながら、血中カルシウム濃度を一定範囲内(概ね10mg/dl前後)に維持する仕組みが働いています。
血液検査の結果で表示されているカルシウムは、通常総カルシウム濃度を示しています。血清中のイオン化カルシウムが真の生物活性を持つもので、総カルシウム濃度の44~50%を占めています。残りのほとんどは、蛋白結合のカルシウムで生物学的には不活性です。
血清中のカルシウム濃度は、上皮小体という甲状腺に密着または埋没して存在する小型の内分泌器官から分泌される上皮小体ホルモン(PTH)でコントロールされています。
正常な動物では、血清カルシウム濃度とPTHは負の相関関係にあり、PTHは細胞の機能維持に不可欠なカルシウム濃度を上昇させる効果があります。すなわち、カルシウム濃度が概ね10mg/dlに保たれるように、これ以下ではPTHが分泌され、それ以上では分泌が止まるシステムになっています。
また、上皮小体から分泌されるPTH以外にも、PTH関連ペプチド(PTH-rP)や、破骨細胞活性化因子、その他の未知の物質が腫瘍細胞などで産生され、PTHと同様にカルシウム濃度を上昇させる働きがあります。
高カルシウム血症は、上皮小体の腫瘍化、あるいは他の組織の腫瘍に関連して調節機構が働かず制御できないPTHまたはPTHrP分泌が起こることが原因となります。高カルシウム血症に関連した症状として、水を良く飲みおしっこをたくさんする多飲多尿や筋力の低下がみられることがあります。
低カルシウム血症は、甲状腺摘出術で上皮小体も摘出された場合や、甲状腺癌などの影響で上皮小体が破壊された場合などの、PTH分泌が低下するするような上皮小体の機能低下が原因となります。低カルシウム血症に関連した症状として、ケイレンがみられることがあります。
腎不全では、リンとカルシウムは拮抗関係にあるため、リン濃度の上昇に伴いカルシウム濃度は低下していきます。しかし、次第に低カルシウムに反応して上皮小体からPTH分泌が促進され、最終的には高カルシウム血症となります。
検査会社 | 基準値 |
---|---|
富士フィルムモノリス | 8.9~11.4 mg/dl |
アイデックス | 7.9~12.0 mg/dl |
カルシウム(Ca)高値(高カルシウム血症)の原因
高カルシウム血症は、腫瘍、内分泌疾患、脱水など、さまざまな要因によって引き起こされます。血中カルシウム濃度の上昇は体に大きな影響を及ぼすため、注意が必要です。
この状態が続くと、以下のような症状が現れることがあります。
- 多飲多尿
腎臓の尿を濃縮する機能が低下し、尿量が増えることで水を大量に飲むようになります。 - 筋力低下
神経と筋肉の伝達がうまくいかなくなり、元気消失やふらつきが見られるようになります。 - 食欲不振・消化器症状
吐き気や嘔吐、食欲低下などの消化器症状を伴うケースも少なくありません。
このように、高カルシウム血症は全身にさまざまな不調を引き起こす可能性があるため、原因を見極めた上で適切な対応が求められます。
カルシウム(Ca)高値の原因 |
原発性上皮小体機能亢進症 二次性上皮小体機能亢進症 腫瘍(リンパ腫、多発性骨髄腫、肛門嚢腺癌など) 肉芽腫性疾患 血液濃縮・脱水 ビタミンD過剰症 高脂血症(ミニチュアシュナウザーなど) 骨吸収※ 副腎皮質機能低下症(アジソン病) |
※骨吸収:骨を壊す働きをする「破骨細胞」が骨を吸収(骨吸収)すること。骨は骨吸収される一方で、骨を作る働きをする「骨芽細胞」が、破骨細胞によって吸収された部分に新しい骨を作り(骨形成)、バランスを取っています。
カルシウム(Ca)低値(低カルシウム血症)の原因
低カルシウム血症は、副甲状腺(上皮小体)機能の低下や急性疾患、栄養状態の問題など、さまざまな要因によって引き起こされます。血中カルシウム濃度が低下すると、神経や筋肉の働きに異常をきたし、重篤な症状を招くリスクがあります。
主な原因として、上皮小体機能低下症(副甲状腺の摘出や破壊によるPTH不足)、子癇(しかん)(特に分娩後21日以内の授乳期のメス犬に多い)、急性膵炎(脂肪壊死によるカルシウム消費)、低アルブミン血症(蛋白結合型カルシウムの低下による総カルシウム濃度の低下)が挙げられます。
これらの状態では、特にけいれん、ふるえ、意識障害といった神経症状が現れやすく、迅速な対応が必要になります。
カルシウム(Ca)低値の原因 |
上皮小体機能低下症 腎不全(リン濃度上昇に伴う) 低アルブミン血症 急性膵炎 子癇(しかん) カルシウムやビタミンD吸収不良 エチレングリコール中毒 |
まとめ
犬のカルシウム(Ca)の異常は、様々な病態が関与しており、原因や程度によって必要な対応が異なります。
高カルシウム血症と低カルシウム血症では、考えられる原因や治療法が大きく異なるため、以下の追加検査が非常に重要です。
- アルブミンやイオン化カルシウムの測定
- PTHやPTH-rPの測定
- レントゲン検査・超音波検査
検査結果が基準値を外れていても、必ずしも病気とは限りません。獣医師と相談しながら、必要に応じた追加検査や経過観察を行うことが、愛犬の健康を守るために大切です。