日常の診療の中で、犬の貧血には比較的多く遭遇します。しかし、貧血の原因となる基礎疾患は多数存在するので、診断に苦慮することも少なくありません。
愛犬に貧血がみられた際に考えるべき、5つの病態について解説します。
貧血とは
貧血とは、血液中の赤血球数(RBC)、ヘモグロビン(Hb)、ヘマトクリット(PCV)が減少し基準値未満になった状態として定義されます。簡単に言うと、血液が薄くなった状態です。
赤血球の最も重要な仕事は、酸素を全身に運搬することです。この働きをつかさどるのは、赤血球中のある血色素(ヘモグロビン)です。そして、血液が酸素を運搬する能力は、ヘモグロビン量とほぼ比例します。
貧血になると、身体は酸素と栄養素をエネルギー源として生命を維持しているため、酸素の運搬が十分に行われなくなると、あらゆる組織が酸素不足となることで、さまざまな症状がみられます。
人では貧血の症状として、疲れやすい、めまい、立ちくらみ、動悸、息切れ、頭痛、顔面蒼白、耳鳴りなどがあります。犬の症状も同様ですが、我々には自覚症状の部分(頭痛や耳鳴り等)は分からないので、元気や食欲の低下、呼吸が荒くなる、そして歯茎や舌の色が白っぽくなることで貧血を疑います。
また貧血の種類によっては、黄疸といって皮膚や白目が黄色っぽく見えたり、尿が濃いオレンジ色や茶色になったりすることがあります。
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貧血の原因
あらゆる血球系細胞(赤血球、白血球、血小板のもとになる巨核球など)に分化できる造血幹細胞が、骨髄という骨の中に存在する組織に存在します。
貧血には赤血球の破壊や喪失が原因で骨髄には原因がない「再生性貧血」と、骨髄での造血機能の低下を原因とする「非再生性貧血」とがあります。
再生性貧血なのか非再生性貧血なのかは、MCV、MCH、MCHCの値によって概ね予測が可能です。また併せて、顕微鏡で赤血球の観察を行い貧血の特徴を捉えることで判断が可能です。
ただし、赤血球の再生像がみられるまで通常4日程度かかるといわれているので、注意が必要です。
再生性貧血として、①出血、②血管内/血管外溶血、非再生性貧血として、③無効造血、④造血細胞の減少、⑤その他があります。
出血
出血では血液成分の赤血球と血漿(水分)を同時に失いますが、血漿(水分)量は短時間で回復し、一方で赤血球の回復には時間がかかるので血液が薄くなります。そして、血液中の成分である、総蛋白(TP)やアルブミン(ALB)も同時に失うので、これらの低下も伴います。
そして、血液が体外に出るものを外出血、組織内や体腔内に出るものを内出血と呼びます。体表に出来る、打撲などによる内出血は大きな問題になりませんが、重要なのは胸腔や腹腔の内出血です。
一般に吐血(胃や食道からの出血)、喀血(気管や気管支からの出血)、血尿、血便などの外出血には気がつきやすいのですが、脳出血、血胸、血腹、血心嚢などは気が付きにくいです。
なお、出血が長期に渡ると鉄が欠乏し、鉄欠乏性貧血となります。
出血の原因として、血管の障害や異常な血管からの出血と正常な止血機構の異常による出血性素因があります。複数部位からの出血もしくは出血が繰り返される場合には、前者よりも後者が示唆されます。
血管内/血管外溶血
溶血とは、赤血球の細胞膜が、物理的または化学的、生物学的など様々な要因によって損傷を受け、赤血球が死に至る現象です。また、血流中(血管内)で溶血が起こるもを血管内溶血、脾臓における赤血球の破壊などのように特定の臓器で起きるものを血管外溶血と呼びます。
溶血の原因として免疫介在性溶血性貧血、感染症、腫瘍、微小血管溶血性、薬物反応、赤血球膜の脆弱性/酸化障害、赤血球の酵素欠乏があります。
無効造血
造血細胞は赤血球を作ろうと努力はするが何らかの原因でうまく行かず、正常な赤血球を十分に作れない状態です。
無効造血の原因として、鉄欠乏によるヘモグロビンの合成障害、葉酸もしくはコバラミン欠乏による赤血球成熟障害、骨髄機能異常を起こす骨髄異形成症候群(MDS)などがあります。
造血細胞の減少
造血細胞の数が減少し、赤血球産生能力が低下した状態です。
骨髄の造血幹細胞が減少して造血能力が低下する再生不良性貧血、骨髄で異常細胞が増殖したり、骨髄が何かに置き換わってしまって造血細胞が骨髄から追い出されてしまう骨髄癆(こつずいろう)があります。
その他
赤血球の増殖には、エリスロポエチンという物質が大きく関わります。エリスロポエチンは、腎臓から分泌され、赤血球を増加させる働きがあるので、増血因子と呼ばれます。そのため腎臓が障害を受けるとエリスロポエチンの分泌が低下し、貧血となります。
また、甲状腺機能低下症などの内分泌疾患や慢性炎症でも貧血がみられます。
貧血の治療
貧血を改善し、酸素運搬能力を増加させることが治療の目標となります。ヘマトクリット(PCV)値が重度に低下(15%程度)または、明らかな臨床症状がみられる場合には輸血が推奨されます。
また、貧血を起こしている基礎疾患を発見し、治療することが重要です。
まとめ
愛犬の貧血で考えるべき5つの病態について解説しました。前述の通り、重度の貧血の際には、輸血を行うことが推奨されています。しかし、人のように血液のストックがある動物病院は少なく、病院で飼育している犬から輸血をしたりボランティアの犬から輸血をお願いするケースが大半です。事前に、輸血が可能かどうかを確認しておくと良いでしょう。