愛犬が突然、「播種性血管内凝固(DIC)」と診断された――。
その瞬間、飼い主さんは大きな不安に包まれることでしょう。
DICは獣医療の現場でもよく耳にするものの、一般の方には馴染みが薄く、非常にわかりにくい病名のひとつです。
しかも、この状態は命に関わる重篤な疾患であり、迅速かつ適切な対応が求められます。
この記事では、犬のDICについて、原因・症状・診断・治療・予後まで、現役獣医師ができるだけわかりやすく解説します。
もし、愛犬が「播種性血管内凝固(DIC)」と診断されたら、それはどんな事を意味するのでしょうか?
獣医さんの使う言葉で、分かりにくい言葉の一つである、犬の播種性血管内凝固(DIC)について解説します。
この記事はこんな方におすすめです
- 動物病院で「播種性血管内凝固(DIC)」と診断された、または疑われた犬の飼い主さま
- 出血や紫斑などの症状がみられる犬を飼っている方
- 犬の血液凝固異常や重症疾患について学びたい獣医学生や動物看護師の方
播種性血管内凝固 とは
播種性血管内凝固(DIC)は、何らかの重篤な基礎疾患によって血液凝固の仕組みが異常になり、体中の細い血管内に微小な血栓が次々とできる状態です。
この血栓の形成により、血液を固めるために必要な血小板や凝固因子が大量に消費され、逆に出血しやすい状態(出血傾向)も同時に引き起こされます。
DICは命に関わる極めて危険な状態であり、突然死のリスクもあるため、早期の対応が重要です。
原因
DICは、腫瘍や感染症、重度の炎症などの基礎疾患が引き金となり発症します。
多くの場合、これらの疾患によって血管内皮細胞の障害や組織因子(トロンボプラスチン)の大量放出が生じ、血液の凝固が過剰に促進されることで発症します。
DICを引き起こしやすい主な疾患
・腫瘍性疾患(血管肉腫、乳腺癌、播種性組織球肉腫、リンパ腫など)
・非腫瘍性疾患(免疫介在性溶血性貧血、バベシア症、敗血症、急性膵炎、胃拡張捻転症候群など)
播種性血管内凝固が起きやすい腫瘍性疾患 |
血管肉腫 乳腺癌(特に炎症性乳がん) 播種性組織球肉腫 肺腺癌 肝細胞 癌胆管癌 進行したリンパ腫 好中球減少症や血小板減少症の見られる急性白血病 骨髄異形成症候群 |
播種性血管内凝固が起きやすい非腫瘍性疾患 |
免疫介在性溶血性貧血 バベシア症 急性膵炎 熱中症 敗血症 子宮蓄膿症 化膿性腹膜炎 胃捻転胃拡張症候群 |
播種性血管内凝固の症状
DICの症状は非常に多様です。重度の場合、結膜や歯肉、皮膚などに紫斑(内出血)や出血が見られます。
また、目立った出血がない場合でも、体中の臓器に微小血栓が詰まることで、多臓器不全を引き起こすことがあります。
特に腎臓に血栓が生じた場合は急性腎不全に至ることもあります。
播種性血管内凝固の診断
DICの診断は、基礎疾患の存在と血液検査での異常所見を組み合わせて行われます。
特に、血小板数、FDP(フィブリン分解産物)、PT、APTT、フィブリノーゲン、AT(アンチトロンビン)などの項目のうち、4項目以上に異常が認められた場合、DICと診断されることが一般的です。
ただし、DICは進行が非常に早いため、緊急時には簡易診断で直ちに治療が開始されるケースも多くあります。
播種性血管内凝固の治療
DICの治療は、基礎疾患の治療とDICそのものに対する対症療法の2本柱で行われます。
まずは、腫瘍や感染症など、DICを引き起こしている原因疾患に対する積極的な治療が最優先です。
その上で、DICによる血栓と出血の両方をコントロールするため、次のような対症療法が行われます。
・抗血栓療法:ヘパリンなどの抗凝固薬を使用し、血栓の形成を抑制します。
・輸血療法:貧血や出血傾向に対して、血小板や凝固因子を補充します。状態によっては、繰り返しの輸血が必要になることもあります。
・循環維持:十分な輸液により血圧と循環血流量を保ちます。
・感染管理:白血球減少を伴う場合は、抗菌薬による感染予防・治療を行います。
予後
DICは、命に関わる深刻な病態です。特に重度の出血や多臓器不全が進行している場合、予後は厳しくなります。
一方で、原因疾患が早期にコントロールされ、DICの状態が速やかに改善した場合は、回復が見込めるケースもあります。
ただし、完治までの道のりは長く、予後は基礎疾患とDICの重症度によって大きく左右されます。
まとめ
犬の播種性血管内凝固(DIC)は、重度の基礎疾患によって引き起こされる非常に危険な状態です。
体内の至る所で血栓が形成される一方で、血液を固める力が低下し、出血しやすくなるという相反する状況が同時に起こります。
治療の中心は、原因となる基礎疾患の治療と並行してDIC自体に対する対症療法を行うことです。
迅速かつ適切な対応が、命を救う鍵となります。愛犬がDICと診断された場合は、必ず担当獣医師とよく相談し、今後の治療方針について理解を深めることが重要です。