犬の炎症性腸疾患(IBD)を丁寧に解説

この記事では、犬の炎症性腸疾患(IBD)について原因、症状、診断そして治療を、現役獣医師が解説しています。

対象読者
  • 動物病院で炎症性腸疾患(IBD)と診断されたor疑われている犬の飼い主
  • 長期間続く下痢をしている犬の飼い主
  • 犬の炎症性腸疾患(IBD)について知りたい獣医学生や動物看護師

最後まで読むだけで、急性嘔吐について誰にでもすぐに理解できるように作成しているので、是非一度目を通していただけると嬉しいです。

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炎症性腸疾患(IBD)とは

炎症性腸疾患とは、胃や小腸そして大腸などの消化管に炎症を起こす慢性疾患の総称です。慢性下痢の原因となる、代表的な病気のひとつです。

慢性下痢とは

3週間を超えても続く下痢のこと

消化管は、①粘膜、②粘膜下組織、③筋層、④漿膜の4層構造からできています。炎症性腸疾患の場合には、特に粘膜と粘膜下組織で炎症が強く起こることが多いです。

炎症を起こす細胞の種類はさまざまで、リンパ球、形質細胞、好酸球、好中球、組織球などの炎症細胞がみられますが、特に リンパ球やプラズマ細胞がみられる頻度が犬では多いです。リンパ球やプラズマ細胞が主体となる消化管の炎症を、リンパ球プラズマ細胞性腸炎といいます。

炎症性腸疾患は、全ての年齢で発症する可能性がありますが、2歳から6歳までの発症が多いようです。この病気での、性別により発症率の違いは報告されていません。

原因

炎症性腸疾患の明らかな原因は特定されていません。しかし、原因として遺伝的な要素に加え、以下の要因があるのではないかと考えられています。

  • 食事
  • 腸内細菌の異常
  • 消化管粘膜の異常
  • 免疫システムの異常

また、特定の犬種で特定の炎症性腸疾患が発生する傾向が知られています。具体的には、以下の通りです。

  • ジャーマンシェパードやソフトコーテッド・ウィートン・テリア:リンパ球形質細胞性腸炎
  • バセンジー:免疫増殖性腸症(炎症性腸疾患の重症タイプと考えられる)
  • ボクサー:組織球性大腸炎
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炎症性腸疾患の症状

症状は、慢性の消化器症状として嘔吐、下痢、食欲不振、そして体重減少などのがみられます。

下痢は、小腸性下痢と大腸性下痢に分類されます。両者の区別は以下の通りです。

  • 小腸性下痢:便の回数は変わらないが1回の便の量が多く、体重が減ってくることが特徴
  • 大腸性下痢:1回の便の量は少ないでが便の回数が多くなるが、体重の減少がみられないのが特徴

炎症性腸疾患は、小腸性下痢と大腸性下痢のどちらも起こす可能性があります。

炎症性腸疾患の診断

炎症性腸疾患と診断には、以下の5つのポイントに留意する必要があります。

  1. 嘔吐、下痢などの慢性消化器症状を認める
  2. 内視鏡検査により消化管での炎症が認められる
  3. 慢性の消化器症状を引き起こす他の病気が除外できている、
  4. 食事療法、対症療法、抗菌薬療法では症状の改善が乏しい
  5. 消炎剤や免疫抑制剤により改善反応が明らか

炎症性腸疾患と似た慢性下痢を示す病気は、以下の通りです。

慢性下痢の原因

小腸性下痢も大腸性下痢も起こす病気
 炎症性腸疾患(IBD)
 食物(食物不耐性食物アレルギー
小腸性下痢を起こす病気
 腸リンパ管拡張症
 抗菌薬反応性腸症
 膵外分泌不全
 副腎皮質機能低下症(アジソン病)
 肝不全
 腫瘍(リンパ腫など)
大腸性下痢を起こす病気
 細菌(クロストリジウム属など)
 寄生虫(鞭虫、ジアルジアコクシジウムなど)
 繊維反応性下痢
 腫瘍(腺癌、良性ポリープ、リンパ腫など)

検査には、超音波検査内視鏡検査があります。

超音波検査では、消化管壁の肥厚などの消化管に特徴的な変化がみられることがあります。

内視鏡検査でみられる消化管の炎症の所見(多くはリンパ球プラズマ細胞性腸炎)は、炎症性腸疾患を示唆するものです。しかし、他の病気でも同様の所見がみられるので、それのみで診断することはできません。

炎症性腸疾患は、以下の診断的治療によって確定診断を行います。

診断的治療とは

症状の原因が明らかでない場合に、特定の病気を想定して治療を行うこと。治療に効果があればその病気と診断し、効果がなかった場合は、別の病気の治療を試しながら診断を確定する。

  • 低アレルギー食に対する反応:食物アレルギー食物不耐性の可能性を除外
  • 抗菌薬の投与に対する反応:抗菌薬反応性腸症の可能性を除外
  • 抗炎症薬や免疫抑制薬に対する反応:治療効果ありなら、炎症性腸疾患と診断

炎症性腸疾患の治療

治療の目標は、腸の炎症を減少させることによる下痢や嘔吐の軽減、そして食欲と体重を改善させることです。

食事療法で改善が認められない場合には、さまざまな薬を併用することで、その効果が高まる可能性があります。

食事療法とは

食事の量や成分を増減させることで病気の改善を目指します。病気の治療目的や臓器の保護目的で行われます。

食事療法

低アレルギー食が用いられています。市販の低アレルギー食として、以下の種類があります。

  • 新奇蛋白食
  • 加水分解蛋白質
  • アミノ酸食
▲低アレルギー食の一例(出典元:ロイヤルカナンHP

市販の低アレルギー食でなく、家庭調理食を用いる方法もあります。その場合、脂肪含有量が制限され消化の良い食事が推奨されます。

療法食以外におやつなどを与えないように、注意が必要です。

抗菌薬療法

炎症性腸疾患では、種々の抗原に対して免疫反応が過剰となっています。その抗原の中には、腸内細菌も含まれます。

そのため、腸内細菌による腸粘膜の障害を軽減する目的で、抗菌薬の投与を行います。期間は、およそ3~4週間です。食事療法の反応をみた後に開始することもあれば、食事療法の開始とともに併用する場合もあります。

これは、抗菌薬反応性腸症の診断的治療を兼ねることもできます。

グルココルチコイド(ステロイド)

以下の場合に、グルココルチコイド(ステロイド)を用います。

  • 食事療法や抗菌薬療法に対して反応が乏しい
  • 診断時に、中程度〜重度の炎症や低タンパク血症がみられる

免疫抑制剤

以下の場合に、免疫抑制剤を用います。

  • グルココルチコイド(ステロイド)の反応が不十分
  • グルココルチコイド(ステロイド)の副作用により継続投与が困難である場合

その他の治療

乳酸菌製剤のような善玉菌を腸内に入たり、フラクトオリゴ糖などの腸内の善玉菌を活発にさせる物質の投与についての有用性が報告されています。

善玉菌を腸内に入れることを「プロ・バイオティクス」、腸内にすでに定着している善玉菌にエサを与え、善玉菌を活発にさせることを「プレ・バイオティクス」、その両方を併せて行う「シンバイオティクス」と呼びます。

また、n-6脂肪酸とn-3脂肪酸びバランスを調整したサプリメントなどの有用性も報告されています。

まとめ

犬の炎症性腸疾患について解説しました。この病気は、検査で確定するのでは無く、臨床症状や治療への反応などを総合的に判断して診断していきます。

治療は様々な方法を組み合わせて行うことが多いので、愛犬にあった治療法を獣医さんと一緒に探すとよいでしょう。